中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。

 最近では、「邪馬台国はなかった」と言っている人が徐々に出てきています。東北大学の教授説いている学問的な研究もあります。タレントでは、武田鉄矢さんが「邪馬台国などなかった」と言っています。

 僕はかなり早くから日本人に打ち込む100本の柱(57)邪馬台国に近付くな」(20120301日)で「邪馬台国はなかった」と言っていますから、僕のほうが先だと思います。後先のことはどうでもいい話ですが、この邪馬台国論争は非常に大事です。東大の学者や、京大の学者の説を信じていると日本はシナに乗っ取られてしまいます。まずそれを知る必要があります。

 三国志の魏志倭人伝には「女王卑弥呼は魏の国に朝貢した」と書いてあります。朝貢ということは、貢物をもっていくのです。船に貢物を積んで魏に着くと「皇帝陛下、私たちは貢物をもってきました。今後、庇護してください」という意味で朝貢するのです。

 女王卑弥呼は「親魏倭王」という金の印鑑をもらってくるのです。「女王卑弥呼に親魏倭王という金印を与えた」と書いてあるのです。印鑑にもいろいろとあり、銅でつくった印鑑もあれば石でつくった印鑑もあれば、象牙でつくった印鑑もあります。それによって皇帝との距離がわかるのです。

 朝鮮王はそれから見ると、10番目以下の印鑑です。鉛で出来たような印鑑しかもらえません。女王卑弥呼は金印をもらったのですが、まだそんな印鑑は発見されていません。ところが、その段階で勝負がついているのです。

 日本はシナの属国です。貢物を贈って帰りに印鑑をもらったということは、「家来になりました」ということです。例えば国内で争いが起きた場合に、魏の王の印鑑があると「黙れ、これを見よ。卑弥呼の国を犯す者はこれを成敗する。シナの大王が動きだすぞ!」とやるのです。そのために朝貢するのですから、朝貢した段階で奴隷です。邪馬台国は魏に従属したということです。そのために三国志「東方魏志倭人伝」を書かれたのです。

 そんなものを日本が認めたら大変なことです。ところが、300年前から本居宣長が「邪馬台国はなかった」と言っているのです。それにもかかわらず、明治になり東大の学者も京大の学者も「邪馬台国は本当の話だ」と思い込んでしまったのです。

 「邪馬台国はどこにあったのだ?」と日本中を探しているのです。未だに見つかりません。それを300年もやっているのです。東方魏志倭人伝の文献は、シナに残っているのです。

 日本側の文献の古事記・日本書紀には、邪馬台国など一言も書かれていません。すると学者たちはそれを無視して今度は「この時代にいた女帝に違いない」と勝手に判断しているのです。

 女王卑弥呼の証拠は永遠に出てきません。「女帝がいたから、それが女王卑弥呼で邪馬台国はここにあったのではないか?」と証拠もないのに、学者がそんなことをやっているのです。馬鹿なのです。

 東大も京大も「間違いなく女王卑弥呼は存在した」という考え方です。何故なのかというと、「中国の書物に書いてあるからだ。日本の古事記や日本書紀は信用おけない」と言うのです。どうしてそのようなおかしな考え方になるのでしょうか?

 学者たちは女王卑弥呼を必死になって探そうとしているのですが、女王卑弥呼は姿を現しません。何故かというと、方位が出鱈目です。九州ぐらいまでは方位があっています。朝鮮半島から対馬について末盧国」につくのですが、そこから先の方位がわかりません。

 例えば水行十日陸行一月と書いてあります。これは、2つの意味がとれます。「船に乗り10日進んでそれから歩いて一カ月かかる」のか、「船でいくと10日かかり、陸で行くと一カ月かかる」という意味なのか、いい加減な文章でわかりません。

 東に進むとそこはもう海です。方位も出鱈目、陸路も距離が違います。ある人は「太平洋のど真ん中だ」と言い、ある人は「沖縄だ」と言い、或は「東北地方だ」と言い、「四国だ」という人もいます。滅茶苦茶な方位です。邪馬台国はいくら探しても出てきません。

 出てこないのですから、「邪馬台国はなかったのだ」と思えばよいのです。「女王卑弥呼の邪馬台国があった」と言うならば、「景初3年と書かれた銅鏡100枚を卑弥呼に渡した」と書いてあるのです。それから「親魏倭王」と書かれた金印を渡したのです。そんなものは未だに出てきません。鏡もありません。金印もありません。

 女王卑弥呼が死んだときには歩いて100歩の塚をつくったのです。そこに召使いの下女を1千人埋めたと書かれているのです。それも未だに出てきません。推定すると、「箸墓古墳が卑弥呼の墓ではないか?」と勝手に言っているだけです。

 女王卑弥呼の墓はないのです。今のところはないのですから「ない」と言えばよいのです。卑弥呼という名前もさげすんだ名前です。卑弥呼とは、中国語で「オマン●野郎」という意味です。

 井沢元彦が解明して「卑弥呼の謎」を解明しています。井沢元彦は「卑弥呼」と漢字で書いて、現代の中国人に読ませるのです。「どのように読みますか?」と聞くと、中国人はだいたい「ペメーハ」と読みます。この「ペメーハは、どのような意味か?」と聞くと「オマン●」という意味だそうです。

 そんな名前の女王がいるのでしょうか? それから見ても、邪馬台国は眉唾です。これはシナ人の創作です。何のために書かれたのかというと、魏の国の王が「俺たちは強いぞ。南の海の向こうに邪馬台国があるのだ。百余国を治めている女王が俺たちの味方になったのだ。お前達、逆らうと大変だぞ!」というために使われたのです。僕の考えた歴史常識論で考えると、これが真相です。

 これを中国人は狙っていて、邪馬台国について書かれているものは、ほとんど削除されているのです。ネットで探しても東北大学教授の「邪馬台国はなかった」という話は出てきません。僕は見たのですが、もう削除されています。

「邪馬台国はなかった」という話を削除しているということは、これをテコにして「シナ人どもが来るな」とわかるのです。

 「日本はかつて、シナの属国であった。従って、シナ人が日本を治める権利がある。日本を全て頂くぞ!」、このような理論づけのために邪馬台国は使われるので、「邪馬台国はなかった」ということを、きちんと論証しておく必要があります。

 

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