皇太子殿下と雅子妃殿下の悪口が凄い | 中杉 弘の徒然日記

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 とても聞くに堪えないような悪口が出回っています。物事には限度というものがあります。限度を過ぎてはいけません。ほんのりとした黒い影くらいならばよいのですが、リアリティな現実否定の話をするのは失礼です。

 今後、皇太子殿下は「天皇になる」と決まったのです。雅子妃殿下も皇后になるのですから、節度をもってわきまえないといけません。「雅子様はハーバード大学に留学している時に3人の男と関係を持った」などと言っても、本当かどうかもわかりません。そのようなことは言うべきではありません。もう決まっているのですから、「天皇に期待しましょう」と言ったほうがよいのです。

 プー小室の問題はまだ決まっていないのですから、いくら悪口を言ってもよいと思いますが、皇太子は天皇になるのですから、悪口は言わないほうがよいのです。

 遠山の金さんも、鬼平にしても若い頃は遊んでいて、無頼の徒と交わっていたのです。それがお父さんの跡目を継いで役職に就くとビシッと変わるのです。そこに意味があるのです。

 まして天皇はすごい位です。高御座に登られた以上は、くだらないことは言わなくなります。ビシッと変わってきます。何が変わってくるのかというと、「私は天皇である」という御自覚が自分の内側からヒシヒシと湧いてくるのです。

 「皇太子は昔こうだった」という話は、天皇になったら言うべきではありません。何故ならば、天皇は神霊が決定していくからです。逆らうとそれは精霊の罰を受けます。新天皇は聡明な方であるから、よくわかっています。大嘗祭の儀式が終わったあとには、日に日に立派な天皇になっていかれると思います。

 お顔を拝見しても、「威」があります。希にみる名君になるかもわかりません。今度は世界の名君です。今上天皇までは、日本の天皇であったけれども、これからは日本の天皇であると同時に世界の天皇になるのです。

 この自覚が湧いてくると、天皇がお金を配る必要はありません。その自覚と威厳だけがあればよいのです。「私はスメラミコトの天皇である」この御自覚が大事です。三島由紀夫は「どんなことがあっても、天皇は人間だと言ってはいけない」と言ったのです。「人間天皇」だと言うから、秋篠宮様のように皇女に対して「好きな男を選べ」ということになってしまうのです。

 皇族というものは、そのようなことをしてはいけません。僕が言う通り下町で煮込みが食べたくても、焼き鳥が食べたくても、そんな下賤の民の食べ物を食べてはいけないのです。そのような御自覚がないといけません。

 韓国に工場を持った日本の社長の話を前にも書きましたが、日本から来た社長は社員食堂でご飯を食べました。友人から「貴方は、韓国社会で社長として通用しない」と言われたのです。何故かというと、韓国は身分の違う者が工員と一緒にご飯を食べたらダメなのです。

 日本人から言うと「社長がご飯を一緒に食べてくれてうれしい」と思いますが、韓国人はそうではありません。社長が社員や工員と一緒に食事をすると馬鹿にするのです。「社長は我々と一緒にご飯を食べるのか。なんだ、たいしたことはないな」と馬鹿にして見るのです。だから、社員と一緒にご飯を食べてはいけないのです。この社長はもう威厳がなくなってしまったから韓国社会では見下されてしまいます。

 軍隊でも同じです。士官は士官室も食堂も別です。下士官室があり、下士官と兵隊は違います。寝る場所も違います。艦長と言えば、個室を持っています。潜水艦でもそうです。それで「威」というものが保たれていくのです。

 天皇とはそのようなものです。「天皇である」と思わないと、下町へ出かけて行って、焼き鳥を食うなど絶対にしてはならないのです。いくら焼き鳥が食べたくても絶対に食べてはいけないのです。それが「威」というものです。

それを僕は今の皇太子に感じます。自覚を持っています。よく秋篠宮様に「僕たちは特別な家柄だから、泣いたりするな」と言われていたのです。皇太子は転んでも泣かなかったけれども、秋篠宮様は転ぶと「痛いよ」と泣いていたらしいのです。それだけの「威」は持っている人です。

剣道もちゃんとやっていますし、これからご立派な人格が出てくると思います。天皇は別に政治の力はもっていませんが、「威」があればよいのです。その自覚にみんなが頼ってくるのです。

天皇を見ると「ああ、本当に日本人だと思っている人がいるのだな。俺も頑張らなければいけないな」と思うのです。海上自衛隊がブラジルで皇太子殿下に閲兵した誇り、これを感じられればよいのです。「我らの天皇だ」と感じられればよいのです。

そのような「威」はお持ちだろうと思います。天皇の位につけば、ますます立派になっていかれると思います。朝鮮人が、変な悪口を飛ばしていますが、こんなことに惑わされてはいけません。「125代の宮が伊勢神宮にはあるから、これで終わる」など、何をくだらないことを言っているのでしょう。

ダビデの星があるとか、変な話は止めたほうがよいのです。それはそうかもしれませんが、違うかもしれません。ほんのりとしたものでよいのです。バッと明かりに照らして「これが本当のイスラエル人だ」「これが天皇だ」という見方をしてはいけません。

漠然としてよいのです。「神話の世界はどこか、これはタガーマの原である」などと、現実に当てはめなくてよいのです。神話の世界は、我々のいる世界と違って霊魂の世界です。それを現実の世界に当てはめた理論は止めたほうがよいのです。

日本人は立派な民族です。殺戮を好みません。これはモーゼの教えを日本人は自然に実行しているというだけです。モーゼが日本に来たという話ではありません。日本人は殺戮を好みません。仏教が入らなくても殺生は好みません。

仲良くして、営々と努力します。これはもともと日本人のもっている性質です。忠実であり、ウソをつきません。正直者です。これは日本人の持っている資質です。そんなものをモーゼに教わったという話ではありません。教わらなくても神の民の民族の日本人はそんなことはわかっています。

神の民族ではないから、朝鮮人は人間をぶっ殺して、女を奪い、近親相姦(父子相姦、母子相姦、兄妹相姦)をやって喜んでいるのです。これが山葡萄原人の資質です。

これから皇室の悪口は言わないほうがよいのです。世界の天皇になっていかない限り、世界の希望はありません。ウソと謀略、残虐と人殺し、そんな中から世界の平和は生まれません。

世界の平和は秩序の中から生まれてくるのです。この日本の秩序を見なさい。朝鮮人が天皇を盗ろうと思っても盗れません。天皇は日本人の最後の砦です。そしてまた、天皇から日本民族は蘇っていくということを忘れてはいけません。

 

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