奴隷のいない世界を創る! ① | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。

 奴隷というと黒人がアフリカからアメリカに連れてこらました。両手を縛られたままで船底に詰め込んで、豚と同じ方法で餌を食べさせて、アメリカ大陸に連れて行き、黒人を売りとばしたのです。これが奴隷だと考えられています。

 今でも世界は奴隷だらけです。奴隷が見えないだけです。奴隷が見えないように隠す言葉が「植民地」です。植民地と言うと奴隷がいると想像しにくいのですが、実態は奴隷です。ヨーロッパは明治時代に侵略を始めて、アジアの国々を植民地にしました。植民地とは奴隷にしたということです。

 誰もいないところへ入っていき、入植して開墾したならば植民地ですが、アジアには人間が住んでいるのです。白人がアジア諸国を植民地にしたのですが、「植民地の人」とはいいません。実際は奴隷です。

 奴隷の歴史は人類と共にあります。ローマ時代も奴隷がいました。奴隷のいない国家はありません。今、日本では宗教奴隷をつくっています。まあ、宗教奴隷の数は多いと思います。

 カトリック、プロテスタントも奴隷宗教です。本当に世界で奴隷がいない国家とは、日本だけです。これは凄いことです。どんなに声を大きくして言ってもよいことです。日本人は奴隷をつくったことがありません。

 俘虜(ふりょ)という人達はいました。アイヌ・蝦夷のことです。倭人は大和から北に登っていき、東北を制覇しようと思ったのです。東北を制覇するから征夷大将軍と言ったのです。一代目の征夷大将軍は坂上田村麻呂です。戦った敵はアテルイです。この「アテルイ」は何語なのでしょう。アイヌ語でもないらしいのです。東北にいたのは、農業も営んでいたので普通の人間です。ただ、大和朝廷に税金を払わなかったのです。家臣になると税金を払うことになりますから、「嫌だ」と言って生活していたのです。

 それは今でもいます。サンカといいます。サンカは川の畔、山に住んで、テントを張っています。川の畔で穴を掘って石を焼きます。掘った穴に水を入れて、焼いた石を入れます。するとお風呂になります。その中に入るのです。サンカは名前もありません。籍もありません。これが東北のほうにたくさんいたのです。山の中から出てこないので、何人いるかもわからなかったのです。その中で子供が産まれたら、集団であちこち放浪して歩くのがサンカです。

 サンカは一つだけ仕事をしています。竹細工です。田布施町に詳しかった故・鬼塚英昭はサンカです。竹細工が正当な職業です。竹細工を農家にもっていくと、かかわりなくないので、みんな米をくれるのです。それで生活をしていたのです。

 サンカは山で木の実を採ったりする生活です。財産は鍋と鍋をつるす道具とウメガイというナイフです。サンカの写真を見ると女の子は美人が多いのです。芸能人にもサンカが多いのです。大正年間にサンカは日本籍になったのです。これも部落民と言われています。

 部落民にもいろいろあります。サンカの部落民は「大和朝廷より、俺たちのほうが歴史が古いのだ」と思っていて、天照大神と言っています。特殊なサンカ文字をもっていて、ルーツはよくわかりません。東北の蝦夷もよくわからないのです。

 アテルイは蝦夷です。馬に乗って大和朝廷軍と戦ったのです。その頃、日本列島にはもう馬がいたのです。アテルイの軍隊は騎馬隊です。騎馬隊で坂上田村麻呂の軍隊をやっつけて逃げてしまうのです。

 坂上田村麻呂の軍隊は歩兵ですから、アテルイを追いかけることはできません。アテルイの軍はなかなか落とせなかったのです。その時にアテルイが持っていたのは、蕨手刀(ワラビテトウ)です。刀に剃りがあり、柄と刀が一体です。

 坂上田村麻呂の朝廷軍は直刀ですから、突きさすだけです。アテルイがもっている刀がよかったので、それを俘虜に造らせたのです。それが日本刀になってきたのです。日本刀を造った先祖は東北の蝦夷です。それから始まって形がだんだん整ってきて日本刀になったのです。

 俘虜は大事にされたのです。高級職人ですから、決して奴隷ではありません。アイヌを捕まえて奴隷にしたこともありません。日本の歴史には奴隷はいません。

 平安時代になると、中国人は、キンタ●をくりぬいて、宦官として使っていました。偉くなるために自ら宦官になった奴もいたのです。それだけシナの皇帝は男を信用していないということです。皇帝の側近は全て宦官です。宦官は女官に手をつけられません。

 日本では宦官は採用しなかったのです。それから纏足もやりません。纏足とは女の足をしばって骨をグチャグチャに砕いて、紐で固めて小さな靴をはかせたのです。ヒールのような恰好に見えるのです。そのような足がもてはやされたのです。

 日本は科挙・纏足は採用していません。シナにはとてつもなく多くの奴隷がいたのです。エジプトもそうです。イスラエル人はエジプト人の奴隷だったのです。奴隷としてピラミッドの製造に携わったと言われていますが、エジプトの大ピラミッドは5万年前に建てられたという説もありますから本当かウソかわかりませんが、エジプトの奴隷であったことは事実です。

ローマ時代もそうです。奴隷が大勢いると貴族は仕事をしなくてよいのです。奴隷がみんな仕事をするのです。ローマ市民の証明書(ディプロマ)が出ない奴は奴隷です。市民ではないから奴隷です。

 みんな地下に籠って汗だくになって働かされたのです。ローマ市民はタダでご飯が食べられて何もしなくてよいのです。これは奴隷がいたからできたのです。

 この頃はslave(奴隷)」と言っているからわかりますが、近世になってくると、その制度がa colony植民地)」という言葉に変わったのです。奴隷という言葉は出てきません。

歴史上初めて奴隷解放の戦争が行われたのがアメリカの南北戦争です。奴隷を解放したのが、リンカーンです。北軍が勝ったのです。

 南は奴隷を使って綿花をつくっていたので、労働力を必要としたのです。北は寒いから綿花が取れないので、奴隷がいなかったという面もあります。「奴隷を解放する」と言うから南部の連中は「俺たちの労働者を奪うのか。俺は金で奴隷を買ったのだ!」と怒ったのです。

 「奴隷はよくない」と言ったのがリンカーンです。北軍が勝ったのです。奴隷解放の戦いは、アメリカの南北戦争が人類史上初めてです。正義の戦いだったのです。裏事情はいろいろあるのでしょうが、そんなことはどうでもよいのです。(続く)

 

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