日本は敗戦したのではない、終戦したのである! | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。

 航空自衛隊元空将・防衛大学校7期の佐藤守さんという人がいます。この人はジェット機に乗っていた空将です。約3800時間もジェット機に乗っています。非常に信用のおける人です。僕はすぐにわかります。佐藤守さんは「自衛隊員は何人もUFOを見ている」と言っています。自衛隊を辞めてから言われたのです。UFOの存在も認めています。

 ところが、佐藤守さんは「頭がおかしい」と言われていたのです。「変な話にはすぐ飛びつき、あいつはロクなものではない。あいつは北朝鮮の回し者だ!」と言われたのです。

 僕はすぐにわかります。ジェット機に3800時間も乗っている人に、そんな人がいるはずがありません。ジェット機の1回のフライトでは命がかかっています。北朝鮮のスパイなどやっている間もありません。そんな考えではこのような仕事には就けないとわかります。非常に真面目な人です。

 佐藤守さんは、「先の戦争は太平洋戦争と、大東亜戦争に分けられる」と言っているのです。アメリカを対象にした太平洋戦争は負けたと認めざるを得ません。陸軍を中心にした大東亜戦争はベトナムのサイゴン陥落(1975年)で日本が勝ったというのです。

 終戦の8月15日には、どのくらいの戦力があったのかというと、軍人の数で言うと、365万人の軍人がいたのです。その内、シナにいた陸軍兵は173万人です。前にも書いたのでわかると思います。

「海軍各基地における終戦時の保有機種・機数(昭和2091日現在)」と題する資料があります。この資料は、昭和20年の終戦直後、マッカーサー総司令部の「昭和2091日現在の海軍各基地における保有機種・数を調査報告せよ」との命令に基づき海軍省軍務局が作成したものです。

一 戦闘機2,036機(26.9%)、二 攻撃機1,306機(17.3%)、三 偵察機701機、(9.3%)、四 輸送機58機(0.8%)、五 練習機3,431機(45.3%)、六 陸軍機34機(0.4%)合計7,566機(出典図書は7,567機としているが合計すると7,566機となる)

抜群の戦力を保持していたのです。シナ大陸における戦争は勝っていたのです。負け戦はありません。日本軍は勝ち戦で破竹の勢いで進撃していったのです。

 それが天皇の終戦の詔勅を聞いて、ポカンとしてしまったのです。それを聞いた瞬間に陸軍は365万人もいたのです。ところが陛下の御命令ですから鉾を置き、みんな泣きながら武器を置いて捕虜になったのです。

 武器もあり、365万人の兵力が無傷で残っていたのです。それが天皇陛下の御命令で武器をすべて置いたのです。それだけ見ても敗戦ではなく、終戦です。天皇陛下の命により戦争が終わったのです。これが一つの流れです。

 大東亜戦争はいつ終わったのかというと、ベトナムのサイゴン陥落で米軍が逃げた日をもって終わったのです。米軍が逃げたのですから、「大東亜戦争は勝った!」と言っています。

 これは説明を加えないとわからないと思いますが、東京中野区に陸軍中野学校がありました。あまり知られていない学校ですが、この陸軍中野学校で800名の学生を教育していたのです。「陸軍中野学校はスパイ養成学校だ」と言われましたが、全くのウソです。残置諜者教育を行っていたのです。残置諜者とは、アジアの奥地に入り込んで現地人になりすまし、現地人と共に戦って時がくるのを待つという使命がありました。約800名いたのです。その有名人の一人が小野田寛郎さんです。小野田寛郎さんはスパイではなく、陸軍中野学校二股分校で残置諜者教育を受けた残置諜者だったのです。

 小野田寛郎さんも自身の著書でバラしていますが、日本が戦争に負けたことは百も承知でした。ラジオも聞いていたし、全部わかっていたのです。現金も5千万円ほどもっていたし、ライフルは20丁、弾は5千発くらいあったのです。部下も20人くらいいたのです。

 それがルパング島にいて戦って、時が来るのを待っていたのです。それは必ず日本軍が盛り返してくるであろう。それまで頑張って橋頭堡をつくっておいたのです。それが残置諜者の仕事です。

 そのような人が終戦と同時に外地へ散らされたのです。ビルマにも、フィリピンにも、ベトナムにも、インドネシアにも、残置諜者が入り込んだのです。語学教育をしっかりとやっていたから、現地人と話もできるし、現地に溶け込んで生活もできるし、何も困らなかったのです。

 それが現地に入り込んで消えたのです。「残置諜者はインドネシアなどの独立に力を貸したのだ」と言われていますが、そうではありません。力を貸したのではありません。健軍をしたのです。アジアの人々は欧米の植民地であったから、軍隊はありません。軍隊は白人がもっていたのです。植民地の人間に軍隊などつくるわけがありません。軍隊を知らないのです。

 そこで陸軍中野学校の残置諜者が入り込んで、士官学校をつくったのです。現地人に教育をして徹底的に戦える軍隊をつくったのです。一兵卒としてインドネシア軍に入って戦ったのではありません。

 日本式の士官学校の教育を受けた現地人が戦って強くなり、オランダを追い出し、イギリスを追い出し、白人をみんな追い出したのです。最後はベトナムです。ベトナムはフランスの植民地だったのです。それを日本人が懇切丁寧に軍隊を教えたのです。

 ベトナム軍の帽子は日本軍と似ています。日本語もよく使います。日本人が教育したのです。ベトナム軍が穴を掘って穴に隠れる作戦は、硫黄島の作戦を真似たものです。どこの穴から出てくるかわからないのです。

 このような戦略は日本軍の戦略です。日本も本土決戦をやっていれば、米軍は大変なことになっていました。永久に終わりません。日本軍は穴を掘って籠ってしまうのです。硫黄島では日本軍は約1万8千人の死者が出ましたが、米軍の死傷者は約2万6千人出ているのです。武器はまるで違います。東京は焼け野原になりましたが、内地戦線で長野県に籠って戦争を続ければ、勝てた可能性もあります。

 サイゴン陥落により米軍が「助けてくれ~」と逃げ出して、大東亜戦争は終わったのです。それまで大東亜戦争は続いていたのです。佐藤守さんは「大東亜戦争は日本の勝利だった」と言っています。元自衛隊の空将だった人がそのようなことを言っているのです。

 それと同時にこの残置諜者は朝鮮にも行ったのです。当時、朝鮮は日本です。朝鮮は植民地ではなく日本です。そこに残置諜者が集まったのです。「日本が負けて米軍が入ってくるらしい。何故、日本が負けたのか?」と考えたときに「原爆でやられたのだ」と気が付いたのです。

 原爆は当時日本でも開発されていて、理研の仁科博士は原爆の原型を造っていたのです。それを聞いた昭和天皇が止めたのです。「そんなものを造ってはいけない。こんな恐ろしい武器を一番に使ったら、後世日本民族は後々まで恨まれるぞ。こんなものは中止しろ」と言われて中止したのです。

 それをそのまま朝鮮にもっていったのです。何故、北朝鮮にもっていったのかというと、北朝鮮には膨大な電力があったのです。鴨緑江ダムがあり、東洋一の水力発電所があったのです。それから資源も豊富です。ウランもタングステンも豊富にあります。様々な資源があり、世界有数の資源保有国が北朝鮮です。

 残置諜者は「ここに第二の大日本帝国を造ろう」と決意したのです。その中心者が畑中理さんです。朝鮮人の金日成を首領にたてたのです。金日成は当時30代で実践の経験もなく、何も知らなかったのです。頭もよくないし、学校を出ているわけでもありません。畑中理さんは陸軍中野学校出身のエリートです。人物のランクが違います。

 一つ一つ金日成に教えてきたのです。金日成はそれに乗っかったのです。畑中理は金日成の先生です。その朝鮮名を金策(キムテク)といいます。金日成を表にたてて、自分は裏に入って北朝鮮を造ってきたのです。

 今でも北朝鮮は畑中理さんに対する感謝の念があるので、金策市、金策号、金策製鉄所金策工業総合大学、金策軍官学校、金策航空大学があります。ところが残置諜者は畑中理さん一人ではありません。北朝鮮の金さんは日本系です。これは不思議なことではありません。朝鮮半島の新羅を造ったのは日本人です。同じことが行われたのです。

 新羅も百済も日本人が造ったのです。そこに朝鮮人が下に入ってきたのです。それと同じことが行われてきたのです。北朝鮮の残置諜者は「絶対に原爆を持たなければいけない。原爆を持たなければまたやられるぞ!」と思って核開発を続けてきたのです。

 水爆の原型は仁科博士が造っていたのです。だから北朝鮮は「俺たちが持っているのは原爆ではない、水爆だぞ」と言っています。仁科博士の水の研究とは水爆です。これが70年経っているのですから、とっくの昔に水爆はもっていたのです。開発に70年もかかるわけがありません。もうもっていたのです。タングステン水爆を隠してきたのです。

 それが真相でしょう。これには畑中理さんの怨念があります。「日本を原爆で滅茶苦茶にしやがって、必ずアメリカに復讐する!」ということを考えてやってきたのです。

 金正恩になって花盛りです。「お前ら、逃げるのか?」と反対に脅かしまくっています。その一念心がずっと続いてアメリカを脅かしているのです。日本に原爆を落としてアメリカは勝ったけれども、残置諜者によって(今は国は違いますが)、北朝鮮はアメリカに食い込んでいるのです。

 金正恩は「どうだ、やってやるぜ!」と言っているのです。これはアメリカも参ります。金正恩を見ていると、なかなか朝鮮人にはない根性をしています。全然、止めません。何を言われても引っ込めません。金正恩は日本人なのです。

 そして、畑中理さんと金日成の間には密約があったのです。畑中理さんはよくやってくれたのです。だから「貴方の息子を私の息子にして後継者にする」という約束をしたのです。それが金正日です。

 金日成の息子として育ったけれども、実は畑中理さんの息子だったのです。金正日は日本人なのです。そのまた子供が金正恩です。そのお母さんは横田めぐみさんです。完全な日本人です。

 彼らは共産主義を造ったのではありません。共産主義国家を造ったように見えますが、違うのです。「北朝鮮」という名前の第二大日本帝国を造ったのです。まさにその通りやっているのです。

 何故、横田めぐみさんをさらったのかというと、横田めぐみさんには皇室の血が流れています。彼らはわかった上で横田めぐみさんをさらったのです。そして、金正日の奥さんにしてしまったのです。生まれた子供が金正恩です。顔がソックリです。これが本当の歴史です。

 今までこの話は「ウソか、本当か?」というウワサは流れていましたが、だんだんこれが「本当らしい」というストーリーになってきている気がします。このように思っているのは僕だけではないと思います。大日本帝国の怨念により、北朝鮮に花が咲いているのです。「これが真実だ」というわけではありません。しかし、この意見を参考にするべき時が来ているのではないかと思います。

 

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