第2回世界こどもサミット

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5月5日に世界こどもサミットが開催されました。
僕のスピーチを公開します。


動画はこちらです。






僕は12歳、職業は『中島芭旺』


僕は約3年前の9歳の9月、学校に行かなくなりました。

2年4ヶ月の間学校に行かないという選択をした中で

「僕が先生を選ぶ」という学び方をしました。

本を読んだりネットで知った「会いたい人」にとにかく会いに行った。



僕はそんなことをしながら本を書いた。

その本は日本では累計17万部突破のベストセラー

台湾でもベストセラー韓国、ノルウエーでも出版した。

今年はこの後ドイツ、ポルトガル、ベトナム、中国での出版が決まっている。


本を出版して、本がベストセラーになって、

僕は僕のままで何も変わってはいないけど

僕の世界は広がった。






そして11歳、小学校に行く選択をし

その後、5時に起きて、その瞬間学校に行くか行かないかを決めるというやり方を選択

今 現在、中学1年、学校に行く時は電話をして行くふしを伝え、登校するというやり方を選択している。


僕は今、そんなふうに「今」をつなぎ合わせ

変化し続けるということこそが安定だと感じている。



さて、突然ですが、皆さんの子供にはそれぞれに合うやり方というものがあります。

例えば、人に言われるよりも自分で先に動くド天才もいれば、叱られてそこから学ぶ方が伸びる子供もいますが、

叱られて伸びる子供は「叱られるとなんとかして頭の中で屁理屈こねて見下すクソガキ」と紙一重です。

今回は、叱られて伸びる子供を「叱られるとなんとかして頭の中で屁理屈こねて見下すクソガキ」にさせないために、

叱られるとなんとかして頭の中で屁理屈こねて見下すクソガキの視点から「叱り方のタブー」について話します。

ちなみに私は叱られたらまあ伸びるかもしれんやでタイプです。



ド天才と叱られて伸びる子供は、勝手に頭の中で「実は同じなんじゃないか?」とか勝手に深読みされてたりしますが全く別物です。

ラーメンで例えると塩ラーメンと二郎ぐらい違います。



勝手に変な解釈して叱ると絶対「叱られるとなんとかして頭の中で屁理屈こねて見下すクソガキ」か「純粋に見下すクソガキ」になるので、

勝手に思い込まないで本人に聞くか、「学校の成績は悪いのになぜかフェルマーの最終定理を知ってる」んならド天才っぽいだとか頑張って理解を深めてみてください。


もうちょっと見極め方について話したかったんですが、今回は「叱り方のタブー」を話したかったので見極め方はいつか話します。


まず私は、父親に「4月から普通に学力をつけ、「引きこもっても問題なく勉強することはできる」とドヤ顔で言ってみたらよくね?的なことを言われ、「日記をつけ記録に残す」「昼夜逆転を治す」「わかる算数.国語.の無駄に分厚いシリーズを全て読む」「午前10時から午後5ぐらいまで(休み時間は取りすぎない程度に)勉強の時間」という目標を決めましたが普通に失敗しました。



「最初は失敗した」はアリだと励まされましたが、数週間続きました。これ自体はただの馬鹿です。


それについて、父親が当然叱りました。「自分で決めたよね」といったふうに。

しかし、「逆ギレ」と言われても何も言い返せませんが私はその時「父親の叱り方のクソな点」を粗探しし始めました。

「同じセリフ、同じフレーズを何度も使う」「そのままならクソニートになることは私には見えてるけどね。見えない人もいると思うけど」

という言い方は僕はバカだから被害妄想を受けるし、自分が正しいという言い方は僕の考えとは違う「僕はyoutuber目指してない」といったふうに。

そして、その「クソな点」を散々粗探しした後、「意外にたくさん出てきた」と考え始めます。



そして「こんなにクソいところがあるなんて。こいつは馬鹿に違いない」とか考え出します。

子供は馬鹿だからです。


「粗探し」を完全に回避することは不可能に近いですが、

「粗探しの餌になり得るクソな点」を減らすことはできます。


例えば、今回の場合は「反抗期」という状況ですが、私の精神年齢が7歳程度だったら、

「次やったらDS叩き割るからね!」は、「これ3DSだしバーカバーカ」になっていたかもしれません。


「責任転嫁」というのかもしれません。しかし、子供は自分が思っているより馬鹿なのです。





もっと子供を知ってください。


子供のことを理解してあげてください。


あなたは理解してあげることができます。


子供のやっているゲームを見てください。


子供はモンストをやっているのか。youtubeを見ているのか。ヒカキンを見ているのか、はじめしゃちょーを見ているのか、たくっちを見ているのか。



知ってそのままを面白がってください。




「この人は理解してくれない」と判断したならば、子供の心は離れていきます。


たくっちを知らないなら調べてください。子供のことを理解する方法はたくさんあります。






捨てないでください。


拾ってください。







子供たちのそんな叫びにもっと耳を傾けてください。







私はこれまでこどもが発言していなかったようなこと。

これは言ってはいけないというような空気を読むというような風潮

発言してはいけないような雰囲気を一切無視します。




子供たちがそれぞれ自分を創造して自分の個性を持って生きれば世界はもっと面白く、変わっていきます。

自分だけの個性に、点に夢中になって生きる。


その時の自分はただの点ですが、その点が繋がったとき。それは線になり、それは形になる。




だからこそ今僕は今の僕で、じぶんの中に生まれた言葉を全てさし出します。

それはもっともっと世界を変えるため。

もっともっと世界を面白くするため。



それが「私の社会貢献」です。





僕はこんなことをつらつらと世界に発信できるということに感謝しています。

僕が生まれてきたことに僕は感謝しています。


ありがとう。








ちなみに文中に「理解」という言葉を連呼しましたが、

この理解とは「尊重」のことです。