暴力団離脱者助ける「小指」…ボディー技師さんが表彰 | 中野ジローの「愛心会」のブログ

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暴力団に属していた人が足を洗って離脱をする。


6日、そうした暴力団離脱者に「義指」を作り続ける女性が、


大阪府暴力追放推進センターから功労者表彰を受けた。


全国で暴力団排除条例が施行され、暴力団を離脱する人たちは増える一方で、


生活のすべを見つけられず、再び組に戻ってしまう人は実際的にも少なくない。


この表彰を受けた女性は大阪府大阪市北区「工房アルテ」の福島有佳子さん(41)である。


福島さんという方は「だから本気で更生を目指す人を支えたい」との信念に揺るぎはなく、


本来は手足や目鼻など体のあらゆる部分を、


特殊なシリコーンで精巧に復元する人工ボディー技師の第一人者でもあり、


事故や病気などで体の一部を失った人らが全国から訪ねてくる。


暴力団離脱者との接点は、独学で人工ボディー制作を始めて間もない20歳代の頃だった。


小指欠損を理由に採用を断られた男性と出会い、「力に成りたい」と制作を引き受けた。


しかし、その「妻と生まれてくる子供のために」と更生を誓っていた男性は、


完成した指を受け取る直前、何者かに殺害された。


「本気で彼らの社会復帰を手助けしたい!」と、そう決意した福島さんは、


大阪府警に協力を依頼し、


以降、刑事さんからも紹介された約200人に安価で指を作ってきた。


昨年の排除条例施行で組の解散も相次いで、依頼者は増えているとの事だ。


指を得た離脱者たちは「他人の視線に怯えずに生きていける」と笑顔を見せるが、


実際には、だからと言って社会に受け入れられるほど世間は甘くないのも現実である。


福島さんは制作後も連絡して、仕事や生活の悩みを聞いてもいるとの事だが、


働き口は簡単には見つからず、再び暴力団から誘 いを受けるケースも少なくはない。、


しかし、福島さんの姿を見て、「あの人だけは裏切れない」と思い止まる人もいるとの事で、


最近、就職を果たした男性は、感謝の言葉を手紙にこう綴ってもいる。


「指もない元ヤクザなんて誰も相手にしてくれないと・・・。


そう私は勝手に思い込み、世間に対して諦めていました。


でも、それを言い訳にしてきたから人間関係が狭くなっていた自分に気付くことができました」と・・・。


6日、大阪市天王寺区で開かれた「第21回暴力団追放府民大会」(同センター、府警主催)で、


今年の功労者8人・2団体の一人として福島さんは表彰状を贈られている。


その際、福島さんは「過去を悔いてもスタートラインにすら立てない人がいる。


彼らが偏見なく、人間性で認めて貰える世の中になるまで続ける」と決意を語ったが、


私が思うのは警察さんが「暴力団の味方か? 離脱者の味方か?」という事である。


平成19年2月、私は暴力団を口頭で破門されたが、


平成21年9月に成ってから、


「正式に離脱をしたという破門状も出てないし、


証明する物がないので、


組長宛に離脱証明の書類を書き、


警察側から出し、


組長の許可を正式に貰おう」と言われ、


その書類が組長に届き、


私は正式に離脱を許された。


だが、私を偏見的に見るのは、


一部の人で、


殆ど私という男を知る人は、


「ジローがさ、組員だろうが、離脱者でも、


ジローはジローだよ」と言ってくれるが、


実際には小指が無いと、


組員という見方をする人は多い。


テレビ局から出演の依頼があっても、


小指を隠すために、


手袋をして出演した事もある。


しかし、小指があっても、


組員以上に悪い人も多く、


そうした人に対しては如何にするのか?


確かに小指がないと就職先は限られてしまう。


小指云々よりも人間性とやる気、能力の問題ではないのだろうか?


小指が無いという人でも、


事故で無くなった人もいる。


今の私は敢えて小指にシルコン製の義指を付けないでいる。


両小指だし、値段的なものもあるが、


私は小指が無くても、


「偏見の目など気にせず、やってやる!」という気持ちが強い。


実際に今まで本を4冊出し、


テレビにも幾度か出演をした。


ただ今後は更に厳しくなるだろうが、


その厳しさを乗り越えたい。


それで同様な人にも、


「俺も・・・」という気持ちを抱かせたい。


天皇制を維持する右翼団体の人でも、


団体の罰則を破り小指をケジメで落としている人がいる。


それは私には同じ団体関係者に対しての見せしめとしか思えない。


私は最初に小指を落としたのは23才頃、


他の組の人に、


金と覚醒剤を盗まれ、


事務所に連絡せず、


その盗人を数日間探し回った、


しかし、盗人は既に逮捕されており、


諦めて私は事務所に戻り、


連絡をしなかったという事で、


自宅謹慎になったが、


兄貴分の姐さんは、


「盗まれたと嘘を付いてるんじゃないの?」とか言うので、


「ヤクザでも無い女がガタガタ抜かすな!」と口にしてしまった。


そしたら組の後輩が、


「姐さんが怒ってますよ」と言いに来たので、


いつまでもガタガタと言われたくも無いし、


小指を落とせば何も言わなくなると思って、


出刃包丁で落とし、


兄貴分の所へ小指を持って行ったら、


「これでジローも一生ヤクザだな!」と・・・。


2回目は30才前の頃、


私の舎弟が事務所に来なくなり、


連絡も取れず、


組長も、


「もうアイツは幾度も同じ事ばかり繰り返して次は小指で・・・」と言ってたので、


私は舎弟の居場所を知っていたから、


その違法ゲーム喫茶に行き、


「そろそろ皆も怒ってるし、帰るぞ」と言っていたら、


そこに組の人間らが現れて、


私と舎弟は事務所に戻り、


舎弟は「小指を・・・」と言われていたが、


「勘弁して下さいよ~」と・・・。


それで舎弟は私が組に連れてきた地元の後輩でもあり、


「じゃあ、自分が代わりに!」と出刃包丁で落としたが、


それを舎弟は見て、


自分が意気地なしで落とすのを拒んでいたのが、


格好悪く思ったのか、


後から落とした。


「だったら最初に落とせ」という話だが、


舎弟の責任は私にもあるので仕方ない。


だが、仕方ないでは済まず、


段々とムカついてきて、


事務所には告げず、


他所の組へ勝手に預かって貰った。


それは当時、


私に逮捕状も出ており、


事務所に居たら逮捕されてしまう。


暫く逃亡する事を後に事務所にも伝え、


その預かってくれてた組長にも事情を話し、


名古屋や神奈川に逃亡し、


重量鳶や人夫派遣などをしていたが、


ある日、歌舞伎町に来たら、


警察官と肩と肩がぶつかったという事で、


喧嘩になった挙句に私は逮捕されてしまった。


3回目は私が6回目の服役を徳島刑務所で終え、


親分も死去し、


いつの間にやら組も移籍になっており、


ちょっと個人的に、


「コンチクショー」と思う奴らを探し回るために、


事務所へは行かなくなり、


数ヵ月後に、


「まあ、事務所に戻ってきて、小指でも落として・・・」と言われたので、


探し相手も見付からないから、


事務所に戻り、


ノミで一回目に落とした小指が、


やや長めに残っていたので、


その部分を落とした訳である。


要するに、


簡単に組員の小指を落とす組と、


落とさない組とが、


暴力団の世界にはあるもので、


盗人や詐欺師、


人の女に手を出すような組員でも落とさない組も存在している。


私が所属してたのは、


簡単に落とす組だった。


七回目、京都刑務所を出所後、


私は関西方面のヤクザに金とか盗まれて、


「このまま黙って東京に戻れるかって」という事になり、


関西方面で盗んだ男を誰も東京から助けを呼ばず、


捜し回ったが、


もし相手側と揉めたら、


大きな抗争にもなりかねないと、


東京から組の人間が来て、


事務所に強制的に戻されたら、


いつの間にやら事務所の名札も外されており、


私を大勢でボコボコにした挙句に、


「また一から出直す気があるなら小指を・・・」と言うので、


もう両小指は無いし、


しかも私は盗まれて応援も頼まず、


私一人で関西方面に残り、


私ながらのクソ意地を張っていたのに、


「何故、大勢にボコボコにされないといけないのか?」という不満もあり、


薬指など落としてまで一から出直す気など更々無く、


実は離脱の意志も強く抱いていたので、


「じゃあ、辞める」と言ったら、


「勝手な行動ばかり取り過ぎる」という理由で口頭破門になった。


私は19才の時に、


「自由にして良いから組員に・・・」と言われて暴力団に入った。


それでも一家内でも、


超口煩い親分の自宅で部屋住みや運転手をしていた事がある。


その親分は私を若頭にもしてくれた。


親分が死去してから、


別の組に移籍した訳だが、


私は死去した親分の一の子分として、


又、


28年間、同じ一家で組は移籍したり、


半端も繰り返しながら組員を続け、


懲役を7回務めはしたが、


何人も組員を連れてきたし、


兄貴分にも、


1日に10万円以上のお金が入るようにもした事があった。


組員にも金を貸したままの者は居ても、


金銭的な借りは無い。


要するに離脱者支援と言っても、


その人が組員当時、


如何に生きていたかという問題もある。


私に相談する人に対しては、


その人を如何なる業界で生かせるか?


という判断をして、


如何なる方向性で成功するかとアドバイズをしている。


だが、基本的には自身のやる気と心がまえである


小指が無かろうと、


人一倍の努力を積み重ね、


暴力団の世界でも修行をした者なら、


何でもやれるものである。


私は服役中にも、


作業班長や応援団長をしてきた。


本も何千冊と読み、


出所してからも、


悔し涙を流しながらパソコンを覚えた。


物書きに女房は要らぬと思ってはいたが、


面倒臭い女に捕まった挙句に、


「結婚しないと死ぬからね」と脅かされ、


入籍し、


可愛い娘も授かった。


あとは私ながら政治団体「愛心会」として活動しながら、


子育てと仕事を上手く両立させて、


嫁と共に頑張るのみである。


まあ、小指ね・・・。


いずれは私も付けないとならないか?


それにしても、


福島有佳子さん表彰受賞おめでとうございます!!!


(しかし、警視庁には理解者が少なく思われる。女性に対しては理解する人は多いような・・・)