以前、TBSのドラマ「コウノドリ」でエミリー・パール・キングスリー
の「オランダへ、ようこそ」がでてきました。


ドラマではダウン症の子育てに関する比喩として使われてました。


我が家の場合、息子は発語がナイ
だからこちらが言ってることは理解してるが、当人からの意思表示は
身振りか表情、アーとかワーとかの声でしかありません。
我が家の場合、「未知との遭遇」での異星人とのコミュニケーションの
イメージかな?

ところで
詩の最後は以下のように締めくくられています。

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あなたは残りの人生、こういい続けるでしょう。
「私もイタリアへ行くはずだったの。そのつもりだったの。」

イタリアへ行けなかった痛みは癒えることはないでしょう。
失った夢はあまりにも大きすぎるのです。

しかし、
いつまでもイタリアに行けなかったことを悔やんでいると、
オランダのすばらしさや美しさを、
楽しむことは出来ないでしょう。
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まあそうでしょうけど、本人の失った夢ではなく、親が思い描いていた
子育てという夢が消し飛んだということだよね。

そいいう意味では私も思い描いていた息子との遊びとか
教えてあげたかったこととかの一切の変更を余儀なくされた
無念さというか残念さというかは、ありました。

 

が、この詩にあるようにできないことを数えるのではなく、できる事

どうやったらできるか?を考えるようになりました。