1.脱臭の問題

 2.遮音の問題

 3.時間の問題


この3つを軸にトイレ考察を繰り広げて来たのだが、そもそもこれらの問題というのはあまりにも贅沢な悩みなのかもしれない。




 筆者自身はほとんど経験がないのだが、ほんの50年ほど前までは、今のような水洗トイレが日本の隅々まで行き渡っていなかったようである。筆者が育った岩手県盛岡市は東北新幹線の終点でもある程のそれはそれは進んだ街であったから、いわゆる「くみ取り式」のトイレは公園でしか経験したことがなった。借家でとても古かった自宅でさえ、学校も店舗も全て水洗が行き渡っていた。父方の故郷である秋田県でも、親戚の家が一部くみ取り式ではあったが、和式の上に洋式トイレを被せたような作りであって、「くみ取り式」のような印象ではなかった。