慣れとは恐ろしいものだ。私は今日、へアサロンでカットとカラーリングをしてもらった。いわゆる美容院だ。お店はおしゃれな裏通りのガラス張りの明るい空間。店内の客は女・おんな・オンナ。私は、3年前に床屋さんから足を洗った。以前は、大型のスーパーの中にテナントとして入っていた床屋さんに通っていた。駐車場があること、理容師5人のうちの1人が美人のお姉さんだったことがおもな理由だ。おそらくあの店に通っていた男たちはみな彼女がお目当てだったはずだ。しかし、確率は5分の1。子供の頃、三輪素麺の中に数本しかない赤や青や緑の色付き麺を兄弟で奪い合った戦いが週末毎に繰り返されていた。運悪く店長らしい50歳後半のアブラギッシュのバーコードの理容師に当たったら、期待は瞬時に絶望のロシアンルーレットに変わった。そんなことはどうでも良い。40男が、なぜ、ヘアサロンへ行ったかだ。最初は、ものすごく勇気が必要だった。何を着て行けばよいのか悩んだ。衣装を揃えるのに妻の協力で1カ月かかった。とにかく人生を変えたかった。最初に行った日のことは今でも覚えている。人が少ないときに行こうとして、朝10時の開店を狙った。オー・マイ・ゴッド! 10名近い店員全員が一列になって「いらっしゃいませ!」の大合唱で私を迎えた。床屋さんの理容師のように制服はない。女の子(?)たちは、カッコよく腰のポーチにはさみや櫛を挿して、ジーンズやスカートなどまちまちの服装だった。ティーシャツから出ているおヘソにリンクが付いている子や、胸元が苦しそうなチビシャツを着ている子もいた。渋谷を歩いているような女の子たちを想像すればよい。もう色付き麺ばかり・・・。自分と違う文化を目の前にして、私は真っ赤な顔でレッサーパンダの風太くんのように立ったままだった。ようやく男性の一人が、「こちらへどうぞ」と案内してくれて命拾いをした。その命の恩人が現在の私のご指名ヘアデザイナーの大野さんだ。見せられたカタログの中には、「私」はいなかった。「適当にみつくろってください・・・」精一杯の注文だった。そんな私が、もう今ではこの店の常連だ。鏡に映る新緑のプラタナスのこぼれ陽に目を細めながら会話も弾む。田舎者にとってデパートの紳士売り場の女性店員(ハウスマヌカン?)とヘアサロンをクリアできれば、一人前だ。もっと人生を変えたければ美容エステを目指せ!中年はいい冷汗をかこう!世の中には知らないことがいっぱいあるのだ。

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最近、朝から何度も何度も刷り込み学習のように各テレビ局で流しっぱなしのワイドショーが気になる。なんでテリー伊藤やみのもんたが朝から・・・。その日の新聞をもとに数人のコメンテータに意見を求める形式の番組だ。テレビ局には報道局がある。それなのに各社の朝刊をかわら版か壁新聞か知らないがボードに貼り付けて次から次へと新聞記事をネタに政治・芸能・スポーツとただただコメンテータたちに意見を求める。テレビ局の報道部の記者連中は恥ずかしくないのだろうか。新聞は、2次情報だろう! 自分の足で稼げよ! 先日、赤坂のテレビ局で新聞各社の記事をパッチワークして、ホームページのスポーツ欄の記事をつくって問題になっていたが、やっていることは一緒だ。断ってやったか黙ってやったかの違いだ。お金がかからない、視聴率がとれる。出演者の無責任なコメントの垂れ流し。もううんざりだ。いま、国民(視聴者)はテリーやみのの意見を自分の意見とし、自ら考えることをしなくなった。国民の心は冷え切っている。熱い連中は、右傾化する小泉首相の取り巻き政治家たちだ。国民を危険にさらす首相もマスコミも自分だけを守る「自己防衛」には関心があるようだ。国民も「自己防衛」に走り出している。年金をあてにしなくなった中高年が株に走ったり、海外移住計画を考えはじめた。最近、頻発する事件や事故は、ほとんどが原因の一つに企業体質が問われている。国民が国家への期待も信頼も薄らいだのと同様に、ビジネスマンも会社への帰属意識や職業意識、プライドも薄らいだ。「自分さえよければいい」そういう社会にした小泉の責任は大きい。

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2007年の団塊世代の大量の組織からの離脱で、定年ファッション市場が期待される(と私は確信する)。会社勤めのサラリーマンは、ドブネズミにたとえられるように地味な紺やグレーのスーツを好んで着ていた。組織から離脱することは、つまり自由人である。だから、それなりの服装が必要だ。オヤジたちが自由な服装といえばすぐに思い浮かべるのがゴルフウェアぽいものである。あるいは、中途半端なソフトシューズにカーキ色のメンパン、そして大きめのジャケットがいいところである。私は、自信がないため10年来、デパートに入っているイタリアの直営店で、店員に見立てていただいている。したがって人のファッションについて語る資格はないが、他人が見て似合う似合わないの前に、着ている服が自分に馴染まない感覚を持つ限り、服に着られてしまう。ハウスマヌカンといった怖おそろしいお姉さんたちではなく、落ち着いた女性に精神的なケアをしながら見立てていただくお店ができれば必ず繁盛することは間違いない。

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「週末起業家」とか「ブログで副収入」といったタイトルの新刊本が後を絶たない。しかし、就業規定でアルバイト禁止の企業はまだ多い。アフィリエイトみたいなものはいちいちチェックできないが、講演料をいただくセミナーの参加や、それをもとにつくられたDVDやCDの販売などのアルバイトは、かなりグレー・ゾーンである。だいたい従業員100人にいれば3人くらいはアルバイトをしている人がいるようだ。私生活が派手な社員、仕事上で成果が目立った社員のフルネームをGoogleなどの検索エンジンに入れて検索すると、彼らの知られざる活動を知ることができる。マスコミ関係者は要注意。不正で問題の放送局の職員もひかかったようだ。

作家自立支援サービスの第一号にカリスマ主婦の山本有花さん。

以前から考えていました作家自立支援システムのサービスを開始します。ベストセラーになれば我も我もと出版企画を持ち寄る出版社。しかし、売れ行きランキングが落ち始めると読者とともに熱が冷め、作家の周りから編集者たちは去っていく。この繰り返しを何度も見てきた私は、作家の立場に立ち、作家が執筆活動に専念できる環境作りを行なうサービスをスタートしました。代理人でもブロ-カーでもエージェントでもありません。あくまで作家が必要なときに事業単位でお仕事をさせていただきます。一冊の本の出版をもとに講演会やマスコミ出演などの活動全般からロイヤリティを吸い上げたり、出版社で本が出せるようにしてあげるからと100万円近いお金を作家に請求したりすることは一切ありません。あくまで、事務所をもつもとが不安な作家の先生の便利屋に徹していきたいと思っております。何時切られても構わない環境で、切られることの無いように緊張感を持って信頼と信用を築いていくパートナーシップこそこのビジネスの生死を分けるポイントです。ご関心のある方はアクセスしてみてください。「桜工房」、山本有花さんのバーチャル・オフィスです。http://www.hat.hi-ho.ne.jp/mediarights/

http://blog.kabucha.com/

企業が大きな社会問題を起こし、改革が叫ばれていろいろな改善策が取られる流れの中で必ず改革の柱の1本となるのが意識改革だ。しかし、この改革はなかなか目に見えない。すぐには効果が現れない。「意識が変われば、行動が変わり、成果が変わる」などといわれるように意識や心の改革の効果が表れるまでに時間がかかる。しかし、企業は一日も早く変化を期待する。そのために必ずコンサル会社や社員教育の会社にその改善策を求める。今までも国鉄やNTTの民営化の時にかなりの社員教育・研修の市場が生まれた。研修だけではない。出版も絡んで『○○○の1000日の改革』などというプロジェクトXの活字版みたいな本まで出版された。人が反省したり努力している姿もビジネスとなる。不謹慎かもしれないが、人が亡くなれば葬儀屋さんが必要なように、需要と供給は、世の常である。朝のニュースで、民間の軍隊というような兵士のパートのビジネスが報じられている。そんなビジネスが成り立つ時代に、私は、また、朝を迎えた。

兵役を復活せよ!

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韓国の男性がモテるのは、愛情表現がストレートだからとかマスクが甘いだけではないらしい。兵役のある韓国では、青年期に肉体と精神を鍛えられる。つまり、若者に厳しさを制度によってインストールされるのだ。この差は大きい。この兵役制度により、強さとやさしさを兼ね備えた韓国男性というイメージがつくられる。日本人といえば、オタクとかニートとか、放任主義やゆとり教育の賜物的若者が若者のイメージだ。『電車男』が映画化されると喜んでる場合ではない。企業においても、入社一、二年目で辞めてしまう若手社員が急増中で、腫れものに触る扱いだ。確かに、少子化・母子密着によって心理的に自立しきれてない。「企業は人なり」ということは今も昔も変わらない。健康な身体がハードであれば、精神はソフトである。ニートを積極的に採用すれば、国からの補助金もある。企業は、若者に迎合することなく、人として企業人として大切なことをインストールすべきだ。最近の新入社員教育の内容は躾けみたいなところが多い。人はどこかで自分を変えたいと思っている。20歳を過ぎてから変わるチャンスは、一般的には企業しかないのだ。若者自身がこの現状にいちばん危機感を抱いている。WAVE出版から発刊された『28歳からのリアル』がいまだに売れ続けている事実を企業は真剣に考えるべきだ。企業内で企業戦士の兵役を復活すれば、大学生の人気ランキングは確実に上がる。

韓国のIT関連企業のトップとの会話の中で、「日本のIT技術は、管理者側に立ったIT技術である」という言葉を何度か耳にした。企業内での効率化、合理化のためのIT技術の導入は確かに成功し、人員削減、スピードアップをもたらした。しかし、よくいわれるBtoCのビジネス市場では成長が遅い。年内に無くなることが予想される電子書籍の専用端末や、一向に普及しない日本のeラーニング市場を見るにつけ、何か見落としているような感じがする。確かに、トヨタのかんばん方式はすばらしいが、これは消費者には直接は関係ないことだ。企業内の効率の問題だ。IT技術こそ、お客様第一主義のサービス業の精神を一番必要としている。日本で成功しない、電子書籍がなぜ韓国で成功したのかを謙虚に考える時期に来ている。2、3年後に韓国のADSLを日本の光ファイバーが追い越す日のためにも。

作家のファンクラブづくりを始める。作家にライブ活動をやっていただくことになった。書籍という商品だけでは作家は、食べていけない。創作活動に専念できない。どれだけの作家が、大学講師やカルチャーセンターの文章指導の教室、業界紙の連載,、講演会、コメンテーターなどのマスコミ出演で食いつないでいるのだろうか。執筆活動のみで生活できる作家を数えるには両手の指の数で十分だ。個人事務所を持っている作家とて、将来の約束は何もない。作品が、破滅的、退廃的な生活から生み出された時代は終わった。ハングリー精神は、都内のホームレスさえ失っている。小さなライブ活動を重ね、出会った読者たちをブログで繋ぐ。当面の目標は、会員数10000万人のファンクラブだ。出版社で、現在、確実に10000部が初版で売れる作家であることにより立場が逆転する。作家主導のコンテンツ展開が可能となる。放送、通信、出版などの垣根はすでにデジタル化でボーダレスだ。著作権等の問題は、作家が全ての権利に関わる体制にもっていけば何の問題ないはず。作家が出版社を必要としたのは、商品の流通手段や自分の作品のステータスとして必要であり、そこに権利を握られていた。作家がそれらに代わるものを持つ日は近い。ファンクラブの具体的内容は、実証実験結果としてご報告を約束する。

埼玉県警所沢署は5日、所沢市の無職少女(18)の「財布を奪われた」との届け出を基に強盗容疑で未明に逮捕した男性会社員(58)を、少女のうそが分かったため午後1時半に釈放したと発表した。電車に乗るときは「李下に冠を正さず」という言葉を改めて強く意識しなければならないのか。故事成語で見る中国史「 李下に冠を正さず (りかにかんむりをたださず) 」とは、他人の嫌疑を受けやすい行為は避けるようにせよとの意。落ちていた財布を拾えば、強盗にされてはたまらない。ホームでうずくまる女性を見つけても痴漢と勘違いされてはたまらない。こんな気持ちがいつから世の中に充満するようになってしまったのだろうか。もう、「男性専用車両」をつくって男どもを全部詰め込んだらいい。私も喜んで乗ってやる。世の中が、「区別する」方向へ、方向へと動いている。人の能力が衰退すると制度やルールをやたら必要とする。JR西日本の事故対応の社員への会社からの通達もそうだ。最近の「個人情報保護法」の社内通達も当たりまえだろうということが書いてある。判断できない場合は、区別するしかない。「区別」が加速し、やがて「差別」につながる。やはり「○○専用列車」は冗談ではなくなった。