平穏な家庭の不穏な物語(その1)

 

 遺言の効用を語るにつき、まずは、遺言が無かったために生じた困ったお話を致しましょう(実話です)。

 このたびAさんのお母さんであるXさんが亡くなりました。Xさんの夫でありAさんのお父さんであるYさんは既になく、子どもさんはA・B・Cさんら3人です。つまり、Xさんの法定相続人はA・B・Cさんら3人ということになります。A・B・Cさんら3人のきょうだい仲は至ってよく、相続についてなんの意見の違いもありませんでしたので、揃ってN司法書士の事務所を訪れ、N司法書士に対し、Xさんの持っていた不動産について相続登記の手続を依頼しました。N司法書士は、「まず戸籍(除籍・改製原戸籍)や住民票の取り寄せをしましょう。Xさんが生まれてから亡くなられるまでのすべての戸籍(除籍・改製原戸籍)が必要ですので、当事務所で取り寄せ請求し、揃ったら改めて御連絡します。」とのことでした。

 ある日、N司法書士からAさんに連絡がありました。

 「ご依頼の相続登記ですが、簡単にはできませんよ。」

 「えっ、なぜですか?」

 「実は、Xさんは、Yさんと結婚される前に、いちど別の男性Zさんと結婚されていたことが分かりました。つまり、Xさんは再婚だったのです。そして、前に嫁いだZさんのところにD・E・Fさんら3人のお子さんをおいて、嫁ぎ先を出てこられたのです。」

 A・B・Cさんらにとっては、寝耳に水、まことに青天の霹靂でした。3人ともXさんが再婚であったこと、そして自分たちにD・E・Fという異父きょうだいが居るなどということは、まったく知らなかったのです。Xさんの法定相続人はA・B・Cさんら3人だけではなく、D・E・Fさんら3人を加えた6人であるということが分かったのです。

 いぶかしがりながらも、Aさんが異父きょうだいのうちの一番の年長者であるDさんに電話しましたところ、どえらい剣幕で怒鳴られました。

 「わしらの母親は、わしらが小さいうちに、子どもを捨てて家を出ていったんや。なんで、そんな母親のことを今さら思い出させるねん。あんな母親、母親とは思てへん。あんな女、もう何の関係もないわ。」

 それならそれで、D・E・Fさんら3人が相続放棄の手続をしてくれれば、「これにて一件落着、めでてえなあ」です。

 そこで、Aさん、「あ、それじゃ、相続放棄の書類にサインをお願いできませんか。サインしていただければ、手続は全部うちの方でやりますので。」

 このときAさん、Dさんからまた怒鳴られました。

 「なんやと、いきなり電話してきて、サインせえ、実印おせ、印鑑証明書だせ、やと。われ、おちょくってんのか。」 おーこわ。

 Aさんは辛抱強く懇切丁寧に事情を説明し、相続放棄書なり遺産分割協議書なりへのサインを求めましたが、結局、サインを貰うことはできませんでした。

 その後、Aさん一族が血で血を洗う(は、ちょっと言い過ぎですが)とんでもない争続あらそいに巻き込まれたことは言うまでもありません。Xさんが、ただ1通、遺言書を書いておいてくれればこの争いは避けられたのに・・・(遺留分の問題はありますが、それはまた別の機会に)。

 親子・兄弟姉妹など家族関係に少しでも複雑な事情がおありの場合、いやそのような複雑な事情のおありでない場合も、ぜひとも、遺言書を作成されることをお勧めします。それでは、次回もまた、遺言がないためとんでもない騒動が発生してしまった事例をお話ししましょう。そして、「遺言書なら公証人」ということになりますが、この公証人をめぐってまた一悶着あった事例をお話ししましょう。

 

 

 

 

大阪市北区の中井司法書士行政書士合同事務所(司法書士法人オフィス・ナカイ)
https://www.legal-advice.jp/

 

遺言や相続の相談先、依頼先をを探されている方へ
相続・遺言手続センター https://legal-support.page