第18話 天賦の才 | 眠れぬ夜の1000物語

眠れぬ夜の1000物語

中井乱人 presents

「はい。今回のテストを返すぞ~。
今回はかなり難しかったからな。5教科合計の平均は340点だ」
担任の岩橋が言うと、クラスからは「え~」とか「マジで?」と言った声が上がった。

「じゃあ、ウチのクラスのベスト3を発表するぞ。
呼ばれたものは前に出るように」
高圧的な口調で岩橋が続けた。

テストの順位を公開することは、
競争意識を高めるための学校の教育方針だった。
時代の波には逆行していたが、保護者の多くはこの方針に賛同していた。
なにしろ、この高校では生徒の大半が、
一流国立大に現役合格することで全国でも有名だったからだ。

成績上位者は名前を呼んで、みんなの前で褒めるというのも、
その教育プログラムの一環だった。

「第3位は、栗原。合計が438点だ。よく頑張ったな」
岩橋が、答案用紙をトントンとまとめて、教壇の前に置く。

「おお~」クラスのみながどよめく。

岩橋に名前を呼ばれた、お調子者の栗原は、
「ウイース」と返事をして、クラスメイトたちに、
軽く手を上げながら教壇の前に進み、答案を受け取った。
栗原は一見おちゃらけているようだが、
裏では猛烈に勉強していることを皆知っていた。


「次も頑張れよ!では第2位を発表する。
第2位は、平田。合計が、おおすごいな、…478点だ」
岩橋が眉毛を上げて驚きの表情を作った。

「おおお~!」クラス全体が先程よりも大きくどよめいた。

「478点は学年でも2位だ。
これで平田は、4回連続で学年2位だな。
先生も優秀な生徒を持って鼻が高いぞ」
岩橋が嬉しそうに言った。

現に、優秀な生徒を持ち、模試で好成績を出したり、
大学合格を決めさせた教師には、
学校から特別にボーナスが出ていたので、
この担任教師の喜びようも、まんざら演技ではなかったのかもしれない。

平田は「はい」と静かに返事をすると、
中指で眼鏡を少し上げると教壇の前に進んだ。

「次も頑張るんだぞ。他の皆も次回は前に呼ばれるように。
復習と毎日の課題は忘れるなよ」
そう言いながら岩橋が、平田の肩を満足そうにバシバシと叩いた。

自分の席に戻る平田を、クラスメイトたちは、
羨望の眼差しで見ていた。
4回連続で学年2位。
それがどれほどすごいことかを全員がよく分かっていた。
そして、平田がテストのための勉強を全くしていないことも。

平田はいわゆる天才、と呼ばれる部類の生徒だった。
授業で習ったことや、参考書で読んだ知識が、
一度見聞きしただけで頭に記憶されてしまうのだ。

平田によれば「見たものが写真のように頭に焼き付いている」らしく、
この生徒の記憶力は、教師の間でも有名だった。
そのため授業中に、ページを見失った教師が、
「平田、フランスの絶対王政は何ページだったかな?」などと
問いかけることもしばしばあった。

ごほん。
岩橋が咳ばらいをして改まった。

「では、1位を発表する。
1位は、…二階堂。合計得点は、550点だ。
これで、入学以来17連続の1位だ」
岩橋は、低い声でそう言った。

うぅん、と溜息をつくクラスメイト達。
教室からは、まばらな拍手が起こった。
それは、このクラスにいる、
もう一人の天才に対してのものだった。

「ふぁい」
小太りの二階堂が、
ニコニコと笑い浮かべながらと教壇の前に進む。

「よく頑張ったな」
岩橋が声をかける。

「ありがとうございますっ!」
二階堂が元気よく答え、ドテドテと席に戻る。

このやりとりを、
クラスの全員が冷やかに見ていた。

「毎度毎度、よく笑ってられるよな」
クラスの隅で、誰かが本人に聞こえないようにつぶやいた。


全員が知っていた。
二階堂が、この高校の理事長の孫であることを。

理事長が、孫の成績のために、
すべての教員に通達を出したことを。

<孫の成績は、1教科につき、500点満点で表記すること>


5教科の合計が、550点などというふざけた点数が、
インチキでしかありえないことを。


全員が知っていた。


二階堂佑太だけが、
何も知らずにニコニコと笑っていた。








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