冬至=一陽来復の1日は過去の自分を赦す日 | 紙芝居師なっちゃんの『勝手にご当地紙芝居TOUR in 47都道府県』進行中

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さて。昨日は冬至でしたね。

冬至は『一陽来復』とも言われていて。

『一陽来復』は、

太陽の力が最も弱った後に

日々回復していくことから、

冬が終わって春になる、という意味とか、

これから幸運が訪れる、といった、

ポジティブな意味合いがある言葉なんです。

 

冬至の昨日はちょいと予定があったので

まず、地元の温泉にアサイチで入ってきました。

土地の温泉(土地のエネルギー)をいただくのと

禊の意味を込めて、

「稲村ケ崎温泉」へ。

フロントにこの浮世絵が。

富岳三十六景で描かれた同じ景色を

ゥン百年後、私は見ているんだね。

褐色のトロミある温泉で

ツゥルツゥルになりました。

 

そして、この日は

ちょいと用事があって、

横浜・大倉山に行かねば

ならなかったのです。

 

大倉山は、

私が鎌倉に移住する前に

ずっと住んでいた場所。

20代の暗黒時代(笑)

私はここで生活していました。

 

結構住みやすくてね。

治安もよかったし、

物価も意外に安いし

美味しいパン屋さん

いっぱいあった。

 

そのひとつがコチラ!

ひっさしぶりぃ~~~

『TOTSZEN BAKER'S KITCHEN』

 

イチジクのパイに

一目ぼれしました~

翌日に食べると

熟して美味しいといわれたので

まだ食べてない(^^♪

明日の朝ごはんにしよう。

ここのパン屋さんは

本当においしいです。

ハード系がオススメ。

 

大倉山で用事を済ませたあと、

大倉山に鎮座する大きなお社、

師岡熊野神社

久しぶりにあいさつに行きました。

 

懐かしい・・・・

立派な鳥居です。

師岡熊野神社は、

和歌山県の霊峰、熊野にある

「熊野神社」の三社と

同じ御祭神を祀っている

関東髄一のお社です。

「関東随一大霊験所熊埜宮」

と鳥居の額にある。

これは勅額なんだって!スゴ~い。

(勅額…天皇が直接書いた寺社額)

嗚呼、いい気が満ちている。

大倉山に住んでいたころ、

初詣も、厄除けのご祈祷も

全部こちらのお社でした。

お久しぶりですm(_ _)m

 

誰もいないお社。何十分も

ずっと会話してた気がする。
御祭神には、あの

イザナミノミコトがいらっしゃる。

最近、イザナキイザナミづいてるので、

なんだか嬉しかった。


こちらは、熊野神社と一緒なので、

社紋は勿論、八咫烏(やたがらす)です。

師岡熊野神社HPによると

「熊野大神のお使いであり、

初代神武天皇が

熊野の山中で道に迷われた

天皇をお導きするために

使わされたのがこの鳥でした。

烏は、夜明けを呼ぶ鳥、

太陽を招く鳥といわれます。

人生の闇に迷い悩む人々を

明るい希望の世界に導く
神の使いの霊鳥として、

長く信仰されています」

だそうです。

土地柄もあり

(マリノス&横浜FC のホーム

・日産スタジアムの所在地)、

サッカー少年やサッカー選手、

サッカー関係者の聖地です。

御守りもあるでよ~。

ヤタガラスって兄弟いたんだ(笑)

絵馬の願い事も、

サッカー少年&青年の

夢がつまってて眩しい。



この絵馬の中に、実は

昔の自分が居るんです😢

 

20代の暗黒歴史時代、

何かつらいことがあると

この神社に来て、

こうして掲げられてる

サッカー絵馬を見ては

自分に喝入れてました。

私も頑張らなきゃと。

私は何をしてるんだろうと。

人生に境遇に孤独に負けるもんかと。

 

その時の気持ちを思い出すと、切ない。

一気に涙があふれてきました。

その時、心から思えたことが、
「あの頃の私、

頑張ってたんだなぁ…」

ってことで。

 

30代後半にして、やっと、

そう思えるようになりました。

 

20代は、苦しかった。

ホントに苦しかったなぁ。

 

芸能事務所に入っても

仕事なくて先が見えなくて、

小劇場の芝居で挫折して、

程なくして甲状腺疾患が発覚し

子どもが出来たら

あなたが死んでしまうと

(お腹の中で子どもを育てられる

身体じゃないんだって、私。)

医者に診断されて。

そのころから彼氏とも

うまくいかなくなって。

こう振り返ってみたらさ、

ドンゾコじゃん(笑)

 

そんなこんな状態だったんだ。

そりゃあ苦しいわな。

で、芝居で挫折して、

一生その罪を背負わなきゃと

芝居をあきらめた。

 

そして紙芝居に出逢ってね。

紙芝居で救われましたね。

 

その後東日本大震災が起きて。

ボランティア活動で東北で

沢山の出会いや別れを経験し。

ご縁があって大倉山を離れて

鎌倉に移住して。

 

ここから劇的に人生が上向いた。

 

今回改めて、この土地を踏んで、

あの頃のことが鮮明に蘇ってきて

久しぶりにワンワン泣きました。

 

でもねぇ、

過去を振り返って泣いて、

今ある自分の人生に感謝するってさ、

これこそ『一陽来復』じゃね?

と、泣き止んだ頃は

スッキリです(笑)

 

やっぱりね、私は根が

アホなくらいにPositiveなんだろうね。

よかったよかった。

そんな自分で。

いつまでも暗くいたくないもん。

人に伝染させちゃうからね。

 

ということで、

苦しくて葬り去りたかった

暗黒の20代を、

そろそろ赦そうと思いました。

 

あのころは、まだまだ

ケツが青かったから、

いろんな人たちに

迷惑かけちゃったけど

あの時の私は、

あの時なりに頑張ってたもん。

 

私くらいさ、

認めてあげないとね。

可哀想じゃん(笑)

 

と思いながら、

社殿奥の摂社にお参り。

ここの摂社がも~う

すごいパワーに満ちてた!!

嬉しかったのがこちらの白山社。

そうです!石川県にしかない

あの姐御女神

(と勝手に呼んでいる)

菊理媛大神が祀られている

白山比咩神社

と同じですね。

嬉しかったなぁ。

これからもヨロシク姐御!!

このはなさくやひめ、

おほなむち、すくなびこな、さるたひこ。

天孫降臨=道標に

なってくれる神様たちが、

師岡熊野神社本殿奥に、

いらっしゃるんです。

師岡熊野神社の

「いのちの池」のひとつ

「のの池」

ここは、鎮守の森。

杜からの木漏れ日が、

美しかった

冬至のひともしごろ。

そしてお社の向かいには

「いのちの池」の

「いの池」と、弁天社。

 

一陽来復、私の人生

ここから明るいだけだ(笑)!

ウヒヒヒヒ。

 

今日は、早朝に

またまた

一陽来復の儀式をしました~

それは後程!