政府「天皇陛下の生前退位は憲法上無理」は何が無理なのか? | なか2656の法務ブログ

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1.政府関係者が政府「天皇陛下の生前退位は憲法上無理」と表明
ニュース記事などによると、天皇陛下が、存命中に天皇の位を皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を持たれていることが明らかになった件で、政府関係者は2016年7月14日夜、憲法上の問題から「天皇陛下の生前退位は無理だ」と述べたとのことです。

憲法上無理とされる一つ目の理由としては、陛下のご意向があると報じられる中で、皇位継承について定めた皇室典範を変えることが、天皇の国政への関与を禁じた憲法第4条に抵触する可能性を念頭に置いたものとされています。

二つ目は、「生前退位」という制度を設けることと、摂政を置くことを定めた憲法第5条との整合性が問題であるとされています。

・政府関係者「天皇陛下の生前退位は無理」|日テレNEWS‐LivedoorNEWS

しかしこの政府の見解には憲法上疑問があります。


(ライブドアニュースより)

2.天皇の政治的な権能(憲法4条)
この政府関係者の憲法4条に関する見解は、「天皇は政治的行為を憲法上禁止されており、今回の天皇の意向の表明はそれに抵触している」という理解のようです。

しかしそれは正しくありません。憲法3条および4条1項はつぎのように規定しています。

憲法

第三条  天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

第四条  天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。


4条1項の前半の国事に関する行為(国事行為)とは、総理大臣、最高裁長官を任命すること(6条)、大臣、大使等の公務員の任免を行ったり、栄典の授与、外国の大使等を接受すること、儀式を行うこと(7条)などの形式的・儀礼的行為です。

一方、同条同項の後半の国政に関する権能、つまりこれが政治的な権能ですが、これは同条同項がはっきりと無条件に「有しない」と規定しています。

つまり4条1項を通してみると、天皇は形式的・儀礼的行為はできるが、政治的行為をする権能は有しないのです。

そして1条前の3条では、天皇のすべての国事行為は内閣の助言と承認を要し、内閣がその責任を負う、とされています。

この点、憲法のコンメンタールにはつぎのように解説しています。

「天皇が政治的責任を負わないのは憲法3条の内閣の『助言と承認』があるからではなく、もともと4条で『国政に関する権能を有しない』から政治的に責任が無いのである。3条は国事行為につき責任を負わない旨を規定しているに過ぎない。」
(廣澤民生『基本法コンメンタール憲法[第5版]』29頁)


また、憲法に関する定番の教科書のひとつもつぎのよう説明しています。

「4条は、天皇は国政に関する権能をもたないと無条件に定めている。」
(野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』117頁)


つまり、そもそも天皇は政治的な権利能力が無いのであって、かりに政治的に責任をとるような行為をしようとしても、それをしようがないのです。したがって7月14日の政府関係者の憲法4条に関する説明は明らかに誤っています。

また、憲法16条は国に対する法律の制定・改廃などの「請願権」を定めています。その主体は「何人も」とされています。いかに天皇が「象徴」として人権制約がされていようとも、人間である以上、「何人も」から排除されいるとはおよそ思えません。

第十六条  何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。


80を超える高齢の方がもう職から退き引退をしたいという意向を示したというとき、それを「憲法上無理」というのは、あまりにも「一億総ブラック国家」すぎるのではないでしょうか。

庶民の一般的な感覚からしても、天皇が強権的な権力を発動し、国会に命令して法律や予算を作らせ、内閣に執行させたら話は別でしょう。

しかし、国会が今回の意向を知り、天皇の年齢や健康状態を鑑みて、法律の一形式としての皇室典範を審議・改正することは別に憲法4条違反であるとは思えません。

むしろ逆に、それを行わないことは、国会の著しい立法不作為にあたり違法性を帯びるのではないでしょうか。象徴天皇とはいえ、人間であるのですから、天皇という地位の範囲内で、可能な限りの健康で文化的な最低限度の生活を保障すべきです。

3.摂政(憲法5条)
また、政府関係者の、「「生前退位」という制度を設けることと「摂政」との整合性が問題」という説明も意味がよくわかりません。摂政について定める5条は次のようになっています。

第五条  皇室典範 の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。


皇室典範とあわせて読むと、天皇が成年に達しないとき、あるいは天皇が心身の重患あるいは重大な事故により、自ら国事行為を行うことができないときに、その天皇の代行機関(法定代理機関)として摂政が置かれるとされています(憲法5条、皇室典範16条以下、芦部信喜『憲法 第6版』50頁、芹沢斉『基本法コンメンタール憲法[第5版]』32頁)。

ところで、今回問題となっている、「生前退位」ですが、かりにもし皇室典範の一部改正でこの「生前退位」した人間に、摂政のように天皇の法定代理機関としての地位を与えるならば、憲法5条の摂政との整合性が問題となるでしょう。

しかし皇室典範の一部改正においてあえてそのような法的地位を与えず、一般的な皇室の方という位置づけにすれば、憲法5条との関係で特段の問題は発生しないように思えます。

この点も、ことさらあえて問題を難しくしてみせて、国民をかく乱しようという政府の意図を感じます。

4.まとめ
したがって、政府の「憲法上無理」という説明は理由がないといえます。

そのため、国会は皇室典範の一部変更を行い、しかるべき対応を行うべきです。憲法2条が定めるとおり、皇室典範は国会が議決する法律の一種であり、憲法の一部ではありませんので、憲法改正(96条)などの手続きは不要です。

東日本大震災の被災者の方々をはじめ、常に国民のために尽くしてこられたご高齢の両陛下のために、少しは安倍政権も汗をかくべきではないでしょうか。

そもそも2014年夏には憲法9条2項に関して姑息にも閣議決定のみで解釈改憲を行い、2015年には安保関連法を強行採決した憲法違反・立憲主義違反の安倍政権が、自分達に都合の悪い問題になった途端に、「憲法上無理」と言い出すのは笑止千万な話です。

■参考文献
・芦部信喜『憲法 第6版』50頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』117頁
・廣澤民生『基本法コンメンタール憲法[第5版]』29頁
・芹沢斉『基本法コンメンタール憲法[第5版]』32頁

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憲法1 第5版



憲法 (別冊法学セミナー―基本法コンメンタール (No.189))



赤ペンチェック 自民党憲法改正草案



「憲法改正」の真実 (集英社新書)





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