3.11

テーマ:
最近お腹が空いて
朝早くから目が覚めるクララです笑い泣き


さて
今日は3.11

東日本大震災の日でもありますが
父の命日でもあります


娘とお墓まいりに来ました

父が亡くなって早や30年が経ちます


当時高校生だった私には
事態を把握しきれていなかったと思います


癌が見つかって入院
入院してから病院を転々
もう施す術がなかったのでしょう


日に日に衰弱していく父の姿を見たくないし
年頃で遊びのも忙しく
足もないので
あまりお見舞いに行けなかったの事が
悔やまれます


私の父は 
色んな意味で
普通の人ではありませんでした


お金儲け、遊び人という点では
周りを圧倒していました


私が3歳の頃から家に落ち着かず
一年に一度、お正月に会う程度


もちろん女がいたのですが
幼い私は
訳分からず
小学高学年くらいになるまで
世の中のお父さんは
みんなそういう生活をしていると思っていた



たまに帰れば
母に暴力を振るう父


そんな生活を続けていた母は
苦しかったでしょうね


私が中学に上がるとき
母は家を出て行きました


いきなり
一年に一度しか合わなかった父との暮らし


何を話せば良いのか
どう接すれば良いのか
途方に暮れました


何より
信じていた母に
置いていかれた現実


父の横暴な振る舞いに
堪え兼ねたのは理解しない事はないけど
私と弟を捨てたことに変わりない


母を失った悲しみと
父への憎悪から
グレかけた


ただグレなかったのは
小学校から短大まであるエスカレーター式の
いわゆるお嬢様学校に通っていたからに違いない


周りがおとなしい子だらけだったから
あの程度で済んだのだ 


校則が厳しすぎて
三つ編みして通学してたし…笑

学校サボったり
ディスコ行ったり
後輩しばいたり…くらい…笑笑


そんな可愛い私を
父はボコボコにする


女の子でも関係なくボコボコにする


だから父はキライでした


私の性格がひねくれたのも
きっとこの頃です


私は父を大蔵省としか思っていなかった


テスト結果次第でおこずかいをくれた


だから
おこずかい欲しさに勉強はした


父は家庭的な人ではないので
全てお手伝いさんに任せきり


父は夕方から飲みに行き
朝まで不在


そんな毎日でした


だから父は大キライでした


ただ
愛情を感じないわけでもなかったかな


父なりの分かりづらい愛情だけど


今生きてくれてたら
確実に私はもっと色んな意味で楽だったのは
間違いないな

勝手な事ばかりして
勝手に死んで
ホントに
パパのバカヤローです


そんなバカヤローな父が亡くなり
おばあちゃんと一緒に住むようになりました


大好きなおばあちゃん👵


お母さん代わりに
一生懸命愛して育ててくれた


そのおばあちゃんが
昨年97歳で亡くなりました


おばあちゃん
ありがとう
本当にありがとう

そして
被災地の復興を心より願います



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