こんばんは、みほ(@natuluxe_jp)です。

 

今日誕生日でした!Birthday Wishesくれた方々本当にありがとうございました!!

 

だれも私の存在なんてどうでもいいと思うけど、そんな中でも私を愛してくれる友人に本当に感謝します。

 

あなたたちがいるので今年もなんとか生き延びようと思っています!!!!なので、あなたたちも生きていてください!

 

〇〇イズムの呪縛から解き放たれる

今日、偶然素敵な出会いがありました。
 
近い世代の女の子と〇〇イズムについて話しました。
 
これが、本当に良かったです。自分の中ではストンと来すぎているけど今うまく言語化できるか分かりません。
 
結果から言うと私は〇〇イズムに囚われずに、ただフレキシブルに適応能力だけを高めていきたいと思いました。
 
 
本当に長時間一気に話しました。
 
他人を通して自分に似た性質を読み取ることができてまた俯瞰的に観察できたのと、やっぱりメサイアコンプレックスとかについて考え直すきっかけになりました。(やっぱり自分に当てはまる部分めっちゃあると思ったので自分は自分のために自分らしく生きることにフォーカスしなければと思いました。)
 
 
ところでビーガニズムやベジタリアニズムに興味を持つきっかけは大きく分けて
・環境面
・倫理面
・健康面
・スピリチュアル
 
とかが認識されていたりしますが、それだけではなくて
 
きっかけの中にやっぱりダイバーシティ層への配慮や整備問題、あるいは差別問題への関心が入り口になっている方が一定数いるんだろうなと認識できました。
 
 
本当に、〇〇イズムにはいろんなレイヤーが重なっていて難しい部分がたくさんありますね。
 

異文化への瞬発能力の問題か?

普通のコンテクストだったら何ら問題がないことでも、相手に「ヴィーガン」というフィルターがかかった途端に「見知らぬ文化」への対峙者としての会話が始まり、問題が起きたりもします。本当に不思議です。
 
例えば当事者の方から聞く話だと、
 
・「肉が苦手なので、私の分を誰か食べてくれませんか?」という会話が普通の食卓であったら基本細かいこと完全スルーで問題なく肉が大好きな人がもらってくれる
 
・でも理由に「ヴィーガン」や「ベジタリアン」が入った途端にかなり攻撃的なコミュニケーションをする人が出て来たりする
 
というようなことがあったようです。めちゃめちゃ不思議ですがこういうの良くあります。
 
 
その方は「命を無駄にするのが嫌なら食べなよ」と言われたそうなのですが、何らかの理由で生理的にお肉が受け付けない方に無理に進めるのはまた話が違いますよね。
 
 
・生理的に肉が無理で食べられない
・ベジタリアニズムに関心がある
 
レイヤーがまた違うと思います。
 
その人にとって無理なものは無理であり、無理に押し付けられると当事者は悲しいと思います。
 
 
 
こういうのって結局異文化への瞬発的な対応能力とかに繋がってくるような気がします。きっと対策しどころはここだ!!!!!!!と最近は思う。
 
 
話をしてくれた彼女は、このような構造的ハラスメントや差別について何とかして論文を書こうとしてるみたい。本当に全力で応援している。
 
本当にいろんな構造さえ明確になればいろいろと解決策が見えてくるし、逆にいろいろと不快に思うことも減ってくると思う。思考って大事ですよね。
 
理解できるもの=怖くないし何も問題が起きない
理解できないもの=何かよく分からんから攻撃してしまう
 
の短絡的構図まじでなくなれ。

私の共鳴同化ヒストリーを振り返る

私はなんだか変わっているかもしれないけれど、5年前くらいにベジタリアン疑似体験を始めてからなんだかカルチャーが染み付いてしまって、すぐに動物性食品を植物性食品に置き換えようとする癖や、肉や魚をあまり食べない癖がついてしまっています。
 
私は疑似体験大好き人間で、自分の知らない価値観や文化を持った人に会うと、とりあえず理解するためにその人に一定期間なりきります。映画やドキュメンタリーを観るのもある一定のペルソナになりきるために大変参考になります。
 
私は海外で初めて知人にベジタリアンだとカミングアウトされた時どう対応したらいいか全く分かりませんでした。若かったのでまじで何も考えてない+知識がない上に海外ではレイシスト狩りの恐ろしさにも怯えていた部分がありました。
 
なので、ベジタリアンもまずなりきることから始めました。まずは1週とか。そんで一回でもなりきると、1ヶ月、3ヶ月、、と長期に渡っていろいろとフレキシブルに考える癖がついていきます。
 
そしたらどうしたら一緒にいろんなことを楽しんで共存できるかが少しずつ見えて来ると思います。
 
当事者としていろんな面が見えてくるから、割と効率的な学習法だと思っています。
 
 
結果として食材の置き換え作業が自分にとってクリエイティヴな行為だったので、楽しくて楽しくて、ヴィーガン料理とかにハマっていきました。
 
わたしはビーガンでもベジタリアンでも何でもないけど、現時点ではそんな「癖」があります。
 

私の理想は「みんなちがってどうでもいい」

で、私の愛する友人たちはそんな菜食ヘビーウェイトな偏食癖のある私と何の疑問も持たずに普通に一緒に過ごしてくれます。特に深い理由も聞かれたこともありません。まじで愛しか感じません。
 
「みんなちがってどうでもいい」状態がワークする環境です。
 
本当に大好きな人たちです。
 
本当に隣にいて全く違うものを食べても、全く違うことをしていても、全く違う趣味趣向を持っていてもそれが自然すぎる状態はアルティメイトに平和だと思います。本当に長い間一緒に居ますがまじで根掘り葉掘り深く問われたことが全くないので幸せです。
 
私たちは完全にすべてを一瞬で理解する必要はないし、一緒に居られればそれだけで幸せなんです。だから、「みんないい」って認め合う必要も別にないです。
 
私は理解し合わなくても認め合わなくても表面的なことは全然関係ないディメンションで一緒にいられる能力を一番大事にしたいと思っています。当然そういうバイブスを持った人たちとずっと過ごしていきたいです。
 
 
 
彼女や彼らは私と一緒にビーガンレストランに行ってくれたりして、本当に優しいなと思います。なので、実は誕生日を迎える最後の時間は愛する友人の一人にお願いをして、魚のさばき方を教えてもらいました。
 
私にとっては他文化に触れる瞬間でした。本当に良かったです。私はさしみとかが得意でなくて、もう刺身見るだけで吐き気とかしちゃう時期もすっごいあって、魚とか海とか自然は計り知れない存在すぎてめっちゃ怖いと思うタイプの人間なんです。
 
もう魚って水の中で息してるし、ダイビングとかすると(<=海が死ぬほど怖いけどタイで死ぬ気で潜りました)本当に「ああ魚介類に攻撃されたら小魚であっても絶対に勝てない、、」って思うし本当に怖いです。
 
でも、一歩他のカルチャーに近づけて本当に幸せに思います。
 
これは、私なりのコミュニケーションの一つでした。逆に見えなかったものが見えて来て、お魚に対する考え方もこの先変わって来そうです。
 
私は持病もなくて心身ともに特に問題がない人間なので、これからどんどんフレキシブルになりたいです。適応能力を高めるのも自分の役割だと思っています。
 
 
 
 
そんな素晴らしい誕生日だった!!!!!!!!
 
 
 
26歳、また支離滅裂に思考が変化しそうです。
 
 
 
それではまた明日。
 
 
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