永遠は一瞬です。
一瞬は永遠です。
たとえば、英語では次のような言い方をします。
School begins at 8:30.
学校は8時30分から始まる。
ここでは前置詞「at」に注目したいです。
英語の前置詞には、おおむね一つの核となるコアイメージがあります。
「at」なら、「一点」です。
She looked at me.
彼女が私を見た。
彼女の視線は、私という「一点」に定まっているイメージです。
「at」には「一点」のイメージがあるのです。
先ほどの英文も同じです。
School begins at 8:30.
学校は8時30分から始まる。
学校が始まる時刻は、「8時30分」という「一点」であることを示しています。
でも、こんな表現もあります。
She works at night.
彼女は夜に働く。
「night」は「夜」です。
一点でもなんでもありません。
なぜ「at」を使うのでしょうか。
それは、永遠が一瞬だからです。
永遠は一瞬なのです。
同様に、一瞬も永遠です。
たとえば、大学受験です。
第一志望の合格発表を見に行く場面。
自分の受験番号が合格者発表の掲示板にあるかどうか。
自分の番号があれば、合格です。
なければ、不合格です。
不合格なら、第一志望の大学に通うことはできません。
大人になる直前の大切なイベントです。
ドキドキしながら掲示板を見ます。
自分の受験番号が、・・・ありました。
喜びがこみ上げてきます。
一瞬の出来事です。
でも、時間が止まったような気がします。
世界が止まったような気がします。
永遠とは、一瞬の中にあることを感じることができます。
永遠は一瞬であり、一瞬は永遠なのです。
大学受験に限りません。
恋愛だって、同じです。
第一志望の異性に告白しました。
OKがもらえました。
時が止まりました。
永遠を感じたのです。
永遠は一瞬の中にあるのです。
もちろん、断られた時も同じです。
告白して断られても、時は止まります。
それが第一志望であることの何よりの証拠です。
話を戻します。
She works at night.
彼女は夜に働く。
「at」は「一点」なのです。
一瞬なのです。
一瞬は永遠であり、永遠は一瞬なのです。
ポエティックですが、そうなのです。
こういうことって、いろんなところに顔を出すような気がします。
たとえば、ウルトラ右翼がお酒を飲む相手は、ウルトラ左翼だったりします。
両極端は仲良しなのです。
この前も、NHKの『クローズアップ現代』で、現代アートの「ウサギの彫刻」が100億円で落札されたことが紹介されていました。
100億円ということは、0円と同じです。
もはや値札に書かれている数字は無意味です。
逆に言えば、0円のモノに、100億円の値札がつくこともあり得るのです。
「みんな違って、みんないい」
にも同じものを感じます。
みんな100点満点
ということは、
みんな0点
ということです。
100億円は0円だし、100点満点は0点なのです。
両極端は別々のものではなくて、一つのものなのです。
直線ではなく、円なのです。
春夏秋冬を思い出します。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来た。
でも、冬が終わったら、それで終わりではありません。
また春がやってきます。
春 → 夏 → 秋 → 冬
の直線ではないのです。
あ→あ→あ春あ→あ→
↑あああああああああ↓
冬あああああああああ夏
↑あああああああああ↓
あ←あ←あ秋あ←あ←
季節は円環をたどるのです。
これも「永遠は一瞬」に通じる精神です。
きっと自然って、そういうふうにできているのだと思います。
くるくる回っているのです。
誰かに何かを与えたのなら、きっと誰かから何かをもらえるはずです。
でも、もらったからといって、いつまでも自分のものにしていてはいけないような気がするのです。
それは自然の流れをせき止めていることになるからです。
考えていたら、よくわからなくなってきました。
とにかく、自然はくるくる回っているのです。
悩んだら、私たちもくるくる回ってみよう。
何か分かるかもしれないね。
