2013年04月23日

弁護士のひとりごと(40) 京都旅行雑感 -林訴訟同窓会に参加して-

テーマ:コラム ~ひとりごと~
弁護士 原山惠子

1 林訴訟の同窓会に参加

(1)去る4月13日(土)、14日(日)に京都の嵐山の渡月橋西詰の老舗旅館「花筏」で、林訴訟の同窓会が開催されました。参加者は、京都弁護士会の竹下弁護士と奥様、学者の木下先生、愛知県弁護士会からは、内河、北村、森弘典弁護士と私、修習生の海渡、大江さん、名大のロースクール生の相曽さんの10名でした。私は、全く弁護団活動に参加していないのですが、縁あって、同窓会だけ今回も含めて3回出席しています。

 会場となった「花筏」は天然温泉で泉質も素晴らしく、お料理も美味しかったです。そして、今回の同窓会は先輩弁護士が若い修習生らに色々事件のことや経験談を語り継ぐ有意義な会だったと思います。2人の修習生が参加したきっかけは北村弁護士が海渡修習生とある会合で隣同士になり、林訴訟の同窓会に誘ったということです。これもすごいことですね。私も若手3人組に弁護士の原点を教えて貰ったような気分になりました。

 内河弁護士が、若手に集団訴訟に参加する大切さを心を込めて語っていたのも印象的でした。


(2)林訴訟とは
 林訴訟というのは、今から20年ほど前に、日雇い労働者で過去の交通事故で両足に障害を持つ林勝義さんが、戦後最大の不況の影響を受け、求職しても仕事が見つからず、野宿を余儀なくされていました。4回も中村区福祉事務所に生活保護を求めたが認められませんでした。名古屋市の社会福祉事務所の見解は「軽作業なら可能」という医療判断のみで、生活保護は支給されなかったのです。

 林さんは1994年5月、名古屋市と社会福祉事務所を被告とする裁判を提起したのです。1996年10月30日、名古屋地方裁判所は林さんの言い分を認める判決を言い渡したのです。

 しかし、控訴がされ、名古屋高等裁判所は、林さんの就職に結びつく可能性がない求人情報を根拠に一審判決を覆したのです。林さんは最高裁に上告。上告中に林さんは、志半ばでガンであの世に旅立ち(1999年10月22日)、その後、藤井克彦さん(笹島診療所のケースワーカで愛知県弁護士会の人権賞受賞者)が後継者となったのです。最高裁判所は2001年12月13日に上告棄却の判決を言い渡したのです。

 高裁、最高裁と敗訴になったのですが、生活保護を巡る運動は大きく前進したのです。

 弁護団も11名を数え、学者の協力や藤井さんや林さんの頑張りもあり、現場の行政にも変化が生じたのです。一所懸命頑張った関係者は、林訴訟同窓会を何回も開催し、旧交も温め、今回のように新しい人も加わったりしています。

 次回の同窓会は東京で新井章弁護士にも参加してもらいたいと今回の参加者全員が希望しています。

 この原稿も上告審(最高裁)から弁護団に加わった名古屋第一法律事務所の北村弁護士の詳細なレジュメを参考にして書いています。



2 北村弁護士の京都ガイド

 北村さんは修習地が京都で修習中に京都の写真を1万枚も撮った人です。ガイド役を積極的に引き受けて下さって、行く場所毎にそこで撮影した最高の写真を見せてくれたのです。

 最初は「御室仁和寺」でした。桜の花びらが散り始め別世界でした。すごい数の観光客でした。ミツバツツジも満開で、境内でゴザをひき弁当を食べたりお酒を飲んでいる人もいました。

 次は、徒歩で10分弱の「妙心寺」でした。私は初めての場所でしたが、大満足でした。ここは、多くの寺が集まっていたのですが、その中の1つに「大法院」があり、ラッキーなことに特別拝観中だったのです。何と私の故郷の信州の松代藩の真田家の菩提寺でした。真田家の家紋の六文銭を見た時は、ああ、真田幸村は西軍と運命を共にしたのに、東軍に味方した真田信之がいたから、この寺が存在するのだと感無量でした。更に感動したのは、このお寺に信州が生んだ幕末の思想家の佐久間象山先生(長野県の県歌-信濃の国の歌詞にもある)の墓があったのです。

 私は、もう嬉しくて嬉しくて興奮して、佐久間象山のことを書いた本を買い求めたのです。


3 改めて京都の良さを実感

 今回、林訴訟の同窓会で京都に行き、北村さんの案内で京都の良さと奥深さを知りました。更に京都を探索したいという気分になりました。刺激を与えていただき本当に有り難うございました。

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2013年04月18日

『相続専門家による相続セミナー』 第1回「税制改正の影響」のご案内

テーマ:お知らせ

 この度、寺尾会計事務所主催の『相続専門家による相続セミナー』に、当事務所の弁護士が講師を務めさせていただくこととなりました。4月・6月・8月・10月に開催され、今月は荻原典子弁護士が担当します。



【日 時】 平成25年4月24日(水)13時30分~16時30分
                      (13時開場)


【場 所】 南生協病院内 南生協フィットネスセンター3階


【テーマ】 第1回 税制改正の影響


       ① 相続税改正内容のポイント
         講師 寺尾省介(税理士)


       ② 高齢者を狙う悪徳商法への対応策
         講師 荻原典子(弁護士)


【参加費】 1,000円



 今年、相続税法が大幅に改正されました。これにより、課税対象者が大幅に増える見込みです。今回の改正により何がどう変わるのか等、専門家である税理士が詳しく解説します。

 また、高齢者を狙う悪徳商法からどのように財産を守ればいいのか等、弁護士が分かりやすく説明いたします。


 参加ご希望の方は、申込書 をダウンロードの上、寺尾会計事務所へお申し込みください。

 このセミナー終了後、個別無料相談も行います。事前予約制となっておりますので、申込書の個別相談を「希望する」に○をつけてお申し込みください。

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2013年04月12日

税理士・会計士向けセミナー「中小企業の活きる道」を開催します

テーマ:お知らせ

 金融円滑化法が平成25年3月末で終了し、約40万社とされる返済猶予を受けている会社の大半が、正常な貸付先に戻るのが難しいのではないかといわれています。


 こうした窮境にある中小企業の再建においては、税理士や会計士の方々の税務・会計上のサポートに加えて、中小企業支援の経験豊かな弁護士による法的サポートも必要となってくると思われます。


 当事務所においても、中小企業支援法務部を中心に中小企業の再建問題につき積極的に取り組んできました。

 そして、平成24年11月には、当事務所の加藤洪太郎弁護士と佐久間信司弁護士が、中小企業庁から「経営革新等支援機関」の認定を受けました。


 このような経緯から、当事務所では、税理士や会計士の方々を対象として下記セミナーを開催いたします。



「 中小企業の活きる道 -高まる認定支援機関の役割- 」


 [日時] 2013年4月18日(木)
       受付/18時
       開始/18時30分

 [場所] ウィンクあいち(愛知県産業労働センター)
       1204号室


第一部<講演>
 講 演 「認定支援機関に期待すること」
 講 師  岸田 邦裕 氏(中小機構中部 アドバイザー)

第二部<実践・事例報告>
 1 「私的再建の成功と特定調停の活用について」
    報告者  弁護士 中山  弦 (名古屋第一法律事務所)
 2 「再生支援協議会やバンクミーティングにおける弁護士の役割」
    報告者  弁護士 佐久間信司(名古屋第一法律事務所)  



 今回のセミナーは税理士及び会計士の方々を対象とした内容となっております。

 ご参加を希望される方は、お電話(052-211-2236 担当:佐々木)にてお申込みください。

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2013年04月04日

弁護士のひとりごと(39) 帰農して非同盟中立に -戦国を生きのびた先祖の決断-(その2)

テーマ:コラム ~ひとりごと~
弁護士 加藤洪太郎

■ 非同盟中立の遺伝子

 〝非同盟中立〟と云う政策に共感を覚える。なぜか?憲法九条の下で育ち暮らしているからなのか?そればかりではない。どうやら先祖の影響もあるらしい。
 わが加藤家は入り婿が二代続いた。祖父と父である。

 先回(弁護士のひとりごと№14/2012年05月30日)は父方の〝長江〟のお話しをしましたが、今回は祖父方の〝若尾〟のお話し


■ 多治見市西端の高社山

 わが祖父は〝加藤〟に入り婿した。その実家の姓は〝若尾〟という。

 東京から甲府そして塩尻に至るのが中央東線、その塩尻から木曽を経て名古屋に至るのが中央西線。その中央西線が美濃の国から尾張の国にさしかかる国境に位置するのが今の多治見市である。まちの西端に高社山があり頂上から濃尾平野を見渡すことが出来る。


■ 根本(ねもと)城

 この高社山の頂上(285m)にあったのが根本(ねもと)城。

 その初代城主こそ〝若尾甚正〟。

 城の麓に若尾氏菩提寺「元昌寺」があり、その南隣地にわが祖父の実家がある。


■ 甲州・武田の先陣

 若尾一族は元はといえば甲州の武田の一統。今でも甲府の西隣の駅〝韮崎〟に若尾と云う集落があり、多くは若尾姓を名乗る。史実に依れば、信玄の西上に先駆けて濃尾平野を覗う地に最先端の拠点を築いたのが根本城と云う。


■ 信玄は来たらず

 だが、信玄が途上で没し次第に孤立の危機に至った若尾一族は、当時の根本城主・若尾元昌の時、秀吉方の森長可(もりながよし)の配下に。


■ 小牧長久手の合戦で統領が戦死

 激動の戦国のさなか、秀吉と家康が闘った小牧長久手の合戦に、元昌の息子・若尾甚九朗元美は森長可の大人として参戦。膠着を打破するため迂回して岡崎城を攻めに征く作戦途上で合戦となり長可ともども戦死(1584年/天正12年)。


■ 帰農を選ぶ

 そこで残された一族が考えに考えて決断。

 その嫡子が未だ幼少であったこともあり、もろとも武将をやめて百姓に帰農したのである。国取り合戦から離れて土と共に生き抜くことに。

 もし、秀吉方についたままで、その後の関ヶ原から大阪城落城まで武将を続けたとすれば、一族滅亡を免れなかった。


■ 生きていさえすれば

 先祖の賢明な決断により、子々孫々の命がつながり今がある。祖父の最後の言葉を今にして想う。「生きていさえすれば何とかなるものだな・・・」。

 非同盟中立の遺伝子が今日に受け継がれたのか。

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2013年04月01日

弁護士のひとりごと(38) こむらがえりとイル・ディーボ

テーマ:コラム ~ひとりごと~
弁護士 福井悦子


 ほぼ1週に1度、金曜日、あるいは土曜日の夜の午前3時を回ると、寝ている内に足がつって、痛みで目が覚める。ここ10年くらいの私の悪しき「習慣」だ。1週間の疲れがたまってくる時期に起こるので疲労の現れ方の一種なのだろう。とりわけ、非蒸留酒-ワインや日本酒を飲んだ週末の夜はてきめんだ。


 既に7~8年前に健康診断の際に医者に相談したが、「加齢性のものですね。対策と言われてもありませんね。」と冷たくあしらわれた。つる部位は、初めの5~6年は大腿部で、その痛みのすさまじさは半端ではなかった。体は半分眠っているのに起きあがらざるをえず、足を踏みつけたり、足を上げてみたり、体をよじったり、少しでも痛くない姿勢はないものかと動き回る。一種の発作のようなものらしく、10分から20分程度で治まるのだが、痛みのすごさのあまり、翌朝につった部位に「痛み疲れ」が残る。

 その後、つる部位がだんだん下がっていき、大腿部はなくなってきたが、代わりにふくらはぎ、足首から下がつるようになってきた。大腿部に比べて痛みは減ったが、「発作」が30分以上続くこともある。ワインを飲んだ晩は、午前2時頃に痛みが始まり、ほぼ一晩中続いたこともある。以来、ワインは怖くて飲めない。寝る前に友人から勧められた足上げ体操をやっているが、やはりこむら返りは起こり続けている。このごろは、「持病」と思って、週末はなるべく早く寝るようにし、かつ非蒸留酒を飲むのは止めている。誰か、こむら返りを封じる良い方法があったら教えていただけないだろうか。


 こんな私の「恐怖の」週末の夜をなぐさめてくれるのが、イル・ディーボの歌声だ。ラジオで自動車の宣伝のBGMとして流れているのを聞いて以来、完全にはまっている。彼らは世界中でコンサート活動をしており、世界中のファンがユーチューブにアップしてくれるので、CDもDVDもほとんど買うことなく楽しめる(CDやDVDが売れなくなるわけだ!)。土曜の夜ともなれば、パソコンの前に、ウィスキーの水割りか、焼酎の牛乳割をもって座って私だけのコンサートを楽しんでいる。とりわけデービット・ミラーののびやかな歌声に癒される。癒されつつ、ハッピーな気持ちで眠りについて、午前3時を回ると「痛たたた…」。やはり、どなたか、こむら返りによい方策を教えてください

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