著書「タトゥー・エイジ」の中で、僕は、タトゥーの歴史は、人が人として自覚した頃、つまり、人間が生まれた時にさかのぼるのではないかということを書いた。
では、現代のタトゥーにつながる、タトゥーの近代化は、どこでおこなわれたのだろうか?
僕は、その舞台をポリネシアではないかと考えている。
そんなことを、僕はツバルへ行ってみて感じた。
特に、ニュージーランドからサモアまでのラインは、強力にそれを推し進めてきたと実感している。
ポリネシア地方がタトゥーと深い関わりがあうということは、トライバル・タトゥーの源流をたどれば、一目瞭然である。
しかし、この、ポリネシアのタトゥーは、それまでの時代のものとは、明らかに違うところがある。
それは、言ってみれば、意志を感じられるということだ。
それまでの文身(いれずみ・ぶんしん)は、一言で言うならば、神と一体化するための証だったと言っていいだろう。しかし、ポリネシアのそれには、自己というものが存在しているように感じられる。
己と家族、一族のために、命を懸けて、太平洋の荒波を、カヌーで航海してゆく時、人々は、己を見つめ、 神に語りかけ、そして、最後には、己の力で全てを乗りきって行ったのだろう。
ポリネシアに住む人々は、全てが、そんな勇者たちの末裔なのである。
己の証としての現代のタトゥーは、彼らが生き抜いたという証から始まったのだと、僕は考えている。
2014-06-08
2014-03-17
2014-01-02
ご無沙汰しています。
今、3月オープンを目指して、新しい音楽サイト玉手音.tv を立ち上げるため、仲間たちと動き回っています。
そして、玉手音の公式サイト玉手風呂 で、ツバルのことを書いてます。
よかったら読んでみてください。
下の僕の「帰国しました!」へもトラバを飛ばしましたので、そこからでも行けますので宜しくお願いします。
数十年で海に沈んでしまうかもしれないツバルでは、今、急速に物質文明の波が押し寄せています。もしかしたら、海に沈んでしまうよりも、そのほうがシリアスな問題かも知れないです。でも、そんなことはもしかしたら、人間や一部の生物だけの問題かも知れない。なんてことも、あの美しい海を見ていると感じてしまいました。
いろんな意味で、ツバルは地球の縮図であり、象徴のような感じを受けます。
一昨日の夜にかえってきました。
本当ならば、先月の30日に帰国の予定でしたが、ツバルからの飛行機が2度もキャンセルになり、この日の帰国になりました。
キャンセルの理由は、最初は飛行機の燃料漏れ、2度目はなんと、脱出用の救命ボートの積み忘れ!
どっちも、出発直前のフライトキャンセルだったよ。
3度目の朝も、予定時刻なのにとばないんだよね。不安になって
「何を待っているの?」
って聞いたら、なんと、管制官が来てないだって!
原因は朝寝坊!
思わず、
「家を教えてくれよ!起こしにいくから!!」
って叫んじゃったよ。
それくらいのんびりした、ゆっくりと時間の流れている、美しい島国だったっていう話なんだけどね。
まあ、そんなこんなで、やっと帰国したわけだけど、帰ってきたら日本のめまぐるしさに、少したじろいでいる感覚なんだよね。
これから、ゆっくりと土産話をお聞かせしますので、今日はここらへんで失礼します。
またね!!