毎年、社員持ち回りで行なってきましたブログですが、本日が2025年最後になります。
1965年が弊社の創業した年で操業60年を無事経過致しました。
創業者に聞き取り、古い資料をあさり、テーマ別に18回掲載してきました。
掲載後に、わかったこともありますので、引き続き掲載を予定しています。
今年一年のご愛顧に感謝申し上げますとともに、
来る新年が皆様にとって最良の年になりますことをお祈り申し上げます。
今後とも引き続きお付き合いの程、宜しくお願い致します。
それでは、よいお年をお迎え下さい。
毎年、社員持ち回りで行なってきましたブログですが、本日が2025年最後になります。
1965年が弊社の創業した年で操業60年を無事経過致しました。
創業者に聞き取り、古い資料をあさり、テーマ別に18回掲載してきました。
掲載後に、わかったこともありますので、引き続き掲載を予定しています。
今年一年のご愛顧に感謝申し上げますとともに、
来る新年が皆様にとって最良の年になりますことをお祈り申し上げます。
今後とも引き続きお付き合いの程、宜しくお願い致します。
それでは、よいお年をお迎え下さい。
社長です 。
皆さんは「アーチェリー」というスポーツをご存じでしょうか?
弓を引き、放った矢が的のどこに当たったかの点数を競う競技です 。
この度、ご縁があり、東京オリンピック2020 男子チーム銅メダリストの武藤弘樹選手が主催するアーチェリー大会を見学してきました。
大会は「MUTO Archery Challenge CUP」という名称で、11月22日から24日の3日間、
愛知県豊田市の全トヨタ労働研修センター「つどいの丘」で開催されました 。
弊社は、この大会にスポンサー企業として協力させていただきました。
私は二日目の23日に会場を訪れ、競技を見学しました 。
競技に参加するのは、小学4年生から中学3年生までの若い選手たちです。
主催者である武藤選手は、「中学生のころから競い合う仲間たちがいたからどこまでも成長することができた」
というご自身の経験から、若手選手に成長の場を作りたいという強い想いを込めて、
この大会を開催されたそうです(ホームページより)。
個人でこのような会を開催することは難しいことだと思います 。
実は、私は約30年くらい前にアーチェリーをしたことがあり、会場で真剣に弓を引く選手たちの姿を見て、
大変懐かしい気持ちになりました 。
若手選手の成長を願い、行動に移す武藤選手の熱意に、弊社も深く共感し、今回の協賛に至りました。
弊社はこれからも、夢に向かって挑戦する若者を応援し、スポーツ振興に貢献してまいります。
社長です。
弊社は、2025年で創業60年になります。創業者が元気なうちに、60年の社歴のうち、創業時から私が社長就任するまでの約38年間を聞き取り、書き留めていこうと思います。
ただ、御年87歳、完全引退して数年たちました。記憶が定かでなく、正確さに懸念があります。その当時のことを知る方も鬼籍に入り、裏取りしたくてもできませんので、ご容赦ください。
販売とレンタルの他に、色々と手掛けました。
1985年 メローズアンドカンパニーは、フランスより当時ではまだ珍しかったラッピングペーパーを扱いました。
1892年 絵画のレンタル。
1895年 フッ素加工 フッ素溶剤を製品に含侵加工。
塗布剤(フッ素クリーナー)の販売。
2000年 ミネラルOZ 湿度管理材
2003年 環境事業部 ミネラルOZ
陶器、漆器のクリーニング・再生
2015年 盛り上げ転写シール(蒔絵風シール)
「ラッピングペーパー」
手掛けることになりました経緯が、不明です。
販売部の社員が、専念するとして起業しましたが、すぐに行き詰まり。で戻りました。
「絵画のレンタル」
詳細が不明です。レンタル部の社員が憶えていました。絵画が何点か倉庫にあります。
「フッ素加工」
和食のチェーン店で、お重への加工で採用されました。弊社で加工して、納品していました。
ベーカリー向けの籐製品に採用され、受注生産していました。が、樹脂製品が出てきて、注文が無くなり、終了しました。
フッ素クリーナーは、継続して販売しています。
「ミネラルOZ」
チラシを作って、営業活動を始めたところ、話しを持ってきたところが、日本での販売権のトラブル発生で終了しました。
「カタセラム」
「ドリーム C-7」
どちらもカタログの新規の扱い品目として掲載してありました。が、個々の資料がありません。
カタセラムは、N製陶の人が定年後に移った会社の商品という記憶があります。
ドリームC-7は、不明です。
「陶器、漆器のクリーニング・再生」
工場との往復の運賃等を考慮しますと、買った方が安いことが多く、なかなか決まりませんでした。
ただ、陶器の再生は、レンタルで使用しています取皿など数アイテムに行いました。釜を通すことにより皿の釉薬が溶けて、傷が修復されます。
「盛り上げ転写シール」
食器部門での販売権を取得しました。弊社では蒔絵風シールとして、鯖江の漆器メーカーで採用されました。
食器洗浄機を通しても剥がれないシールです。
社長です。
弊社は、2025年で創業60年になります。創業者が元気なうちに、60年の社歴のうち、創業時から私が社長就任するまでの約38年間を聞き取り、書き留めていこうと思います。
ただ、御年87歳、完全引退して数年たちました。記憶が定かでなく、正確さに懸念があります。その当時のことを知る方も鬼籍に入り、裏取りしたくてもできませんので、ご容赦ください。
創業時につくりました会社のロゴマークは、扇を模したものです。これは、創業者の実家の家紋で、「五本骨月の丸扇紋」を基にしています。この家紋は、佐竹氏の家紋になります。
新たなロゴを2013年に、大蔵陶園でデザインをされていた、岡本孝文氏に依頼しました。
一つが、Nagayoの「N」を、もう一つが、お皿に、カトラリーの三種を用いて、社名です。
社長です。
弊社は、2025年で創業60年になります。創業者が元気なうちに、60年の社歴のうち、創業時から私が社長就任するまでの約38年間を聞き取り、書き留めていこうと思います。
ただ、御年87歳、完全引退して数年たちました。記憶が定かでなく、正確さに懸念があります。その当時のことを知る方も鬼籍に入り、裏取りしたくてもできませんので、ご容赦ください。
1988年に燕市に営業所を開設致しました。その記念に燕市文化会館にて、講演会を行いました。
当時その講師主催の「話し方教室」があり、会員でした。それで講師をお願いしました。付近の行政側がお願いしてもなかなか来て頂けない人でしたので、行政側からの依頼があり、翌年も開催することになりました。
結果、一年で終わるはずが、毎年開催することになりました。
単独開催から、協賛企業に取引のある会社様、後援に行政、公共団体の名前が入る様になりました。
講演会が終了しますと、「来年どうしようか」と、悩み事になっていたようなので、
「10年を目途にすれば、いんじゃない」と、言っていた記憶があります。
講師の方々です。
第一回 鈴木健二氏
第二回 鈴木健二氏
第三回 堺屋太一氏
第四回 王 貞治氏
第五回 内海桂子氏
第六回 江崎玲於奈氏
第七回 松原泰道氏
第八回 崔 岩光氏
第九回 武岡淳彦氏
第十回 鈴木ひとみ氏
第四回の時は、当時の燕市の少年野球チームに指導をしてもらいました。
社長です。
弊社は、2025年で創業60年になります。創業者が元気なうちに、60年の社歴のうち、創業時から私が社長就任するまでの約38年間を聞き取り、書き留めていこうと思います。
ただ、御年87歳、完全引退して数年たちました。記憶が定かでなく、正確さに懸念があります。その当時のことを知る方も鬼籍に入り、裏取りしたくてもできませんので、ご容赦ください。
古い会社の便せんに、静岡営業所の記載があります。聞いてみましたが、「憶えていない」ということでした。
倉庫を整理していて、1992年4月現在の社歴書が出てきました。それによりますと、1973年6月に開所して、1976年2月に閉所しました。定年退職した当時を知る元社員にも確認しましたところ、社員の夫婦が行っていた。それ以外詳細は不明です。
1988年に、新潟県燕市に営業所を開設します。
物流センター内にある廃業した会社の建物を購入しての開設になります。二階建ての事務所、倉庫、休憩スペースのある建物でした。敷地の半分は、駐車スペースで、降雪時の雪搔きは、大変だったと思います。
すぐに手狭になり、燕市杉名に600坪の土地を購入、移転の予定だったそうです。建物の設計まで完了していました。
すぐに出ていくことになるので、団地組合から近接地の駐車場を新倉庫建築の土地として、提供するという提案があり、その土地に1991年、トラックヤードのある3階建ての倉庫を建てました。
2010年に、トラックヤードの一部に、事務所を増設しました。
最初に取得した建物は老朽化に伴い、2015年9月に解体を始め、2016年3月に敷地全体を使い、平屋倉庫が完成しました。平屋ですが、倉庫として使用できる面積は、旧ビルの以上になりました。
1990年に、大阪府大正区に大阪営業所を開設します。
大阪でレンタルの代理店とのやり取り(梱包出荷)が頻繫になってきたので、出店することにしたそうです。
その人が見つけ、オーナーと物件で面談、即決し、経理に電話、手付金の振込をし、オーナーに気に入られた。その後、借りるスペースを増やし、そのビルの1階部分をすべて借りていました。
開設は、当時、レンタルの修行に来ていた、静岡の食器店の跡取りが担当しました。
当時の社員は、代理店のオーナーが顧問、関西の食器店の元社員と四~五名でした。
新型コロナウィルスの影響により、2021年11月に閉鎖致しました。
販売の担当は、在宅で勤務となり、レンタルの担当は、東京の同業のレンタル会社の関西進出に合わせて転籍しました。
こんにちは。燕営業所の渡邉です。
夏から秋になってきましたね~!よく〇〇の秋といいますが皆さんはどんな秋をお過ごしですか?
「食欲の秋」、「読書の秋」、「スポーツの秋」などありますが私はダントツで「食欲の秋」を満喫しています(笑)
そんな私が今回、皆さんに紹介させて頂くのは「Brooklyn Parlor SHINJUKU」店さんです。
ナガヨからグラスなどを買って頂いています。
メニューの種類も豊富でいろいろ選べます!
下の画像は私が注文した料理です。
ボリュームもあり皆さんもきっと良い一時が過ごせると思います!
社長です。
弊社は、2025年で創業60年になります。創業者が元気なうちに、60年の社歴のうち、創業時から私が社長就任するまでの約38年間を聞き取り、書き留めていこうと思います。
ただ、御年87歳、完全引退して数年たちました。記憶が定かでなく、正確さに懸念があります。その当時のことを知る方も鬼籍に入り、裏取りしたくてもできませんので、ご容赦ください。
1972年に、千代田区松住町(現外神田二丁目)から現在の台東区松が谷に移転しました。木造の居抜きの物件から、1981年に地上7階地下1階ビルに建て替えました。
竣工当時は、地下1階から3階までを自社で使用して、4階から7階までは、賃貸物件で使用していました。間口が狭く細長いビルなので、各フロア一世帯になります。
その後、手狭になり全棟自社で使用することになります。
ただ、元住居仕様なので、部屋は段差があり、エレベーターは、定員6名までの小さいものなので、倉庫使用には向かないです。
4階は、サンプル室、6階が会議室。5.7階は社宅で使用しています。
創業時
第一ビル(本社ビル)
徐々に扱い品目、数量が増えて、1985年に接地の土地(お寺の土地で、借地になります)の木造の居抜きの物件を購入して、1987年にレンタル専用のビル(第二ビル)に建て替えました。
地上6階建て1トンエレベーター付きです。
立替前
第二ビル
第二ビルから徒歩数分のところのビルの1階を建て替えの時の仮事務所と使用して、その後は、倉庫として借りていました。1986年以降にこのビルの建て替えにより、賃貸終了しました。
それと、足立区の日本通運の倉庫の一部を借りていました。ここは、国道4号線でしかルートがなく、行き返りに時間がかかり、一日に何度も行くことができません。
1990年には、第二ビルの隣の3階建てのビルが売りに出て、購入しました。(第四ビル、ここも同じお寺の土地で、借地です)1階が寿司店、2階が賃貸、3階はオーナーの住居の細長いビルです。
1階を2トントラックが入れるように、入り口を広くして、天井を剥がして、駐車スペースにしていました。しばらくは、開けっ放しでした。が、見た目の的にどうかと思い、シャッターを付け、天井も貼りました。これでトラックが止まっていない時は、倉庫としても使えます。第二ビルの側面と、そのビルの奥の部分が接していましたので、一階と二階に開口部を設けて、行き来できるように改造しました。2階は倉庫としては使えなくて、応接室として使いました。
(バブル終焉の時の購入ですから、私が入社時、含み損の代表でした。)
その後、賃貸物件として、2.3階を貸出していました。
2018年に売却、リースバックで1階は引き続き使用しています。
2005年に、第二ビルの近接地に土地が売りに出たので購入して、4階建ての倉庫を建てました。(第六ビル)2階の半分を洗浄スペース、あとの半分を検品、包装のスペースにしました。カトラリーの一部は、洗浄後、真空パックします。
この時に、足立区の倉庫は契約終了となりました。
営業部のAkiraです。
前回に引き続き当社が代理店を務めさせて頂いているシュトゥルツレ社の
取り扱い商品のご紹介をさせて頂きます。
今回おすすめしているのがビヤーグラスのラインナップです。
オーソドックスで業態にかかわらず使い易いピルスナータイプの大小と
形状違いの1品はビールの喉ごしを際立たせてくれるはずです。
また、香りが華やかに広がるチューリップタイプは今注目をあび、
じわじわとファン層を広げているIPAやベルジャンビールを飲むときに最適です。
やはりドイツビールにはヴァイツェンタイプでなければという向きの為に
背が高くビールの色や泡のきめ細かさをしっかりと楽しめる代表的な形状の
ヴァイツェングラスをご用意いたしました。
これにテイスティング等にもお使い頂ける小ぶりのステムタイプがありますので
口当たりの良いクリスタルグラスでビールライフをより楽しんで頂ければ幸いです。