ほんと、呆れる


いじめや不登校対策の調査をする中で、教育委員会に“各中学校ごと”の「いじめの件数」を聞いたところ初回の回答として「答えられない」と回答。


なぜにそんなに伏せよう、隠そうとするのかわからない。

だから「隠蔽体質」だとか思われ、信頼や信用をなくしていくんだて。


そもそも、何も隠す必要のない情報。

逆に事実、現実としてその学校の保護者や地域の方々に積極的に知ってもらい、今の学校などを知り考えてもらうべき情報。


それに各学校では青少年健全育成会などでは情報提供などもされている情報


「情報公開条例」でも、原則として個人情報以外は知る権利を保証するべきであり、開示すべき情報です。


更には平成19年度9月議会、平成2412月議会では既にキチンと各学校ごとのいじめ件数を答えている。(当然の姿勢)


こうした経緯、背景、現状があるにも関わらず、課長や部長など管理職が変わると公の立場にありながら、こうも簡単に個人の主観や想いが強くなりその姿勢がしかもマイナスに振れていくなんて、考えられません。


まずは「姿勢」が間違っていますが、国民の「知る権利」を一体どう考えているんだと、教育委員会のガバナンスやルールやモラルはどうなっているんだと本当に呆れます。


呆れるでは済まさせない姿勢かと思います。


更に言えば、一旦、こうした回答をしておいて、私がまずは、もし答えられないなら“答えられないと書面で回答下さい”と言い、更には過去に議会答弁あった“事実”を言い、そしてその当時と何が法や制度、根拠が変わったのか、などを聞くと、一転し、「もう少しお時間下さい」と変わる。


最初の「答えられない」との回答はそれほど、適当、いい加減に答えたものなのか!


情報公開については個人の主観や姿勢で変わるべきものではありません。


その姿勢が本当に信じられない。

呆れるを通りすぎている。


特にいじめ問題などについては、全国的に見てもその調査などに隠蔽体質があったり、不信感を覚えることが多々あり、教育委員会の体質が問題になったりする中で、これでは安城市教育委員会も全く同じと思われても仕方ない。


この質問をする前に、教育振興部長が私に「うまく(ケンカせずに)にやっていきましょう」と言われた。

もちろん、私もケンカをするのが目的でもなんでもないし、むしろ私こそうまくやることを望んでいる。


ただそれは、馴れ合い、もたれ合いのなぁなぁな関係ではなく、主観でもなく、客観的に正しいこと、あるべき姿でお互いが尊重しあってやっていこうという意味。

これはある意味、今の社会ではどんな組織でも当たり前のこと。


うまくやっていこうと教育委員会から言ってきておいて、こんな態度、姿勢をとるなんて、どういったつもりかと本当に思う。


ほんと呆れます。

今日は“敢えて”「呆れる」と言いかたに抑えていますが、本心はこんな気持ちや感情ではありません。


ただ、今は回答待ち。


まずは正しい情報。

過ちがあったなら、認めて、謝罪する。

ごまかしや詭弁のない、真っ直ぐで正しい回答と姿勢を待ってます。