「第ニ回隠岐神業」の祭事と取り継ぎ等を掲載します。
平成5年10月9日、6名の神人は隠岐神業を行った。
この隠岐神業で第一回目の祭事を行う為に隠岐西の島の焼火(たくひ)神社の参道で、M子殿が、小さな祠で白狐を発見する。
その白狐は厳島神社よりここに来訪していることを知る。
つまり、厳島神社からの使いであった。
後日(10月12日)に厳島神社参入と決まる。

◇「焼火神社正祭」

・場所、島根県隠岐郡西の島焼火神社裏の神木に向かって、
・日時、平成5年10月10日   13時45分
・先達、帯広の神人、
・代表挨拶、S神読司、
・よろずのり、「五全根元のり+テン、タイ、クウ」×1
・供え物、清正の水、
・向き、北向き
・参加者、M子、小豆島のM子の両親と妹、帯広の神人、S神読司以上6名

取り継ぎ(M子)、答礼は君定彦之大神様

『龍頭、龍頭より、よく来てくれた。
我は、火の系統、十ニ神のうちの一神である。
こちらへの参入、急なことであったので、取り急ぎ、この場において、祭事をしてもらうことになった、
男神8神によりて歓迎致す。
一心寺における参拝、○九十に五九六である。
遠くより、ひとつ残さず見守っておる。
道城義則之大神様は、このずっと奥に、我々がお護りしておる。
唯一傷つかなかったお方である。
時至れば、天帝と同じ働きをもってこちらの世界に帰ってこられる故、それまでもう暫く、待っていて下され。
時が来ればなぁ。』

※12神ー男神8神(①物開彦之大神、②わらべ彦之大神、③活土比古之大神、④春野彦之大神、⑤~⑦は新世                                    神、⑧君定彦之大神)
             女神4神(①八光姫之大神、②みやび姫之大神、③新世神、④子神、)

代表挨拶、

「一言御挨拶をお赦し頂きます。
御当地には、今年の7月12日から14日まで、二泊三はでお邪魔を申し上げました。
隠岐には、島前と島後というふうに別れた行政区となっておりますが、最初にこちらの島前に入らさせて頂きました。
そして略式祭事をさせて頂いたところ、山武姫之大神様蔭神様御出座をあしばされまして、大変な神縁地であるということを感得させて頂きました。
続いてこの焼火神社の麓にある、波に留めるという字を書いて「はし」と読むそうですが、波留の海岸から二度祭事をさせて頂き、その後、島後に渡らさせて頂いて、壇鏡滝祭事その他の祭事をさせて頂くお赦しを頂きました。
そのようなことで、第一回隠岐神業という形でさせて頂いて、島前の方には、日之系統の神々様方が多数おみえ頂きまして、島後の方には、水之系統の神様、即ち言い方を換えますと、島前で火のはたらきをなされて、島後で水のはたらきをされるというふうなことを感じさせて頂きました。
その最終日であったと思いますが、山武姫之大神が島前におみえ頂いて、更には、その前々日の壱岐の神業を終えて福岡へ戻るフエリーの道中で、M子殿に通信を頂いて、

『隠岐の島で非常に重要なところは、隠岐の西之島の右半分と、中之島である。』

という、予託がを頂いておりました。
このことから、我々は山武姫之大神様は、中之島におみえ頂く、というようなことが判るようになりましたし、当地のこの焼火岳の周辺においては、日之系統の神々様が多数おみえ頂くということが判っておりましたので、係る通信を頂いた神様に対して、お伺いを申し上げたところ、

『10月10日、11日に、当地に再度参入してくれ』

との御下命がありました。
このことを踏まえて本日、かくのごとくの参入をお赦し頂きました。
御答礼を頂きました君定彦之大神様から御教授頂いた通り、一心寺の道城義則之大神様から特に御要請があって、御当地での祭事と相成っております。
さて、御当地に入らせて頂くべく、駐車場から登山道へ上がって参りました中程に、極めて小さな祠がございまして、この祠には白いお狐さんがおみえ頂いて、この方は、安芸の宮島からおみえ頂いておられた、ということですが、色々とお話を伺わせて頂いて、大変参考になりました。
有り難くお礼を申し上げます。
御一緒の御旗の下にこれからはたらく、というふうなことでございました。
これは、大変意味のあることでありました。
乃ち、過去の統一時代という、地乃世界之大神様、従前の御はたらきでは、地乃親神様の御はたらきをされておられた時に、地球神界は生宮創成という大神業に邁進をしておられた時に、神々様は実に統一のとれた状態で神業をされておられた訳ですが、その神業をされておられる時には常々、神々様が相集い会議を催されておられたこの会議を踏まえた上で、次の神業方針をお決め頂く、というこういうふうなことであられたようですが、その地球神界の神界議長として、御はたらきをされたのが、道城義則之大神様でした。
従前、お狐さんというのは、道城義則之大神様の眷族として御はたらきをされておりました。
仏教が取り込みをした時に、茶柁尼神もしくは茶柁尼信天(ダキニシン)という形で、取り込みを致した中に、乃ち稲穂を肩に掲げてはたらくという一つの意味あいをもってそのような名前をつけたようですが、この茶吉尼神天というのが、実はお狐さんの霊成型を持った道城義則之大神様の眷族さんでありました。
やがて道城義則之大神様が地に落ち世に落ちた時に、係るお狐さん方は、非常に苦しいお立場に立たれました。

      茶柁尼信天

乃ち、動物として国替えになった時に、その霊体や霊成型を金毛九尾さんのノウハウを持ったところの方々に取りこまみをされて、その霊成型や霊体を、持って行かれてしまいました。
それがやがてイナリという形で権化しまして、今まで世を持つという乃ち、悪の御役されるようなはめになっておりました。
実は、安芸の宮島というのは、我々神人神業で未だに入ることが赦されておりません。
のみならず、昭和60年5月でしたが、完全に龍体さん方に取り込まれてしまったJ殿とその人を取り込んだところで白蛇さんの女性O殿に、先に入られてしまって、大曼陀羅を見せるという形で、安芸の宮島を完全に取り込まれた状態になって、それが今日、何と神々様の手でタテカエされた、ということが判りました。
つまり先程の祠にみえた首の大きな金の輪っかを持たれた白いお狐さんは、はっきりと道城義則之大神様の当初の御はたらきである、従前の統一時代の正しいはたらきに戻られた、お狐さんが既に当地におみえ頂いて、これは大変素晴らしいことであります。

そのようにどうして安芸の宮島がタテカエされたか、ということが実は腑に落ちないかも知れませんが、これは大変意味のあることで、大いに得心することが出来るようになって参りました。
それは、水火土之宮という宮が立ちました。
これは水の頭領神日津地姫之大神様、火の頭領神道城義則之大神様、土の頭領神大地乃将軍之大神様、この三神様方を地球神界レベルにおいてお祭申し上げる、というはたらきをもつお宮ですが、この水火土元宮という形で、小豆島の神人家、岡垣の神人家において顕祭をお赦し頂きました。
これが今年の3月28日と5月25日でございました。
この両方の水火土之宮が立ました。
屋久島総会を終えて、大坂の神人殿のところに色々と御教授頂くようになったので、係る水火土之宮に係わる関係神線を引いていきましたところ、岡垣の宮は上に立ち、そして小豆島の宮は下に立つということで、このことは上下結ぶ一つの接点があるはずだ、ということで調べまして、何とこれが我々がヘリオス・フェアー神業の時に祭事をさせて頂いた乃ち平成5年の6月15日でしたが、この日に祭事をさせて頂いた江田島と、更にはこの安芸の宮島、この線を結ぶ線上に当たりました。
それ故、只今先ほどの宮島からお遣いのお狐さんがお教え頂いたことによりまして、我々が水火土之宮を顕祭申し上げることにより、従前からの課題であった安芸の宮島のタテカエが既に済んでおりまして、これは、一昨年の台風十九号で、完全に安芸の宮島の厳島神社一帯をタテカエをして頂いて、大変なるそのみそぎによりて 、その後において神々様は、お入り頂いたもの感得させて頂いておりましたが、しかも只今御答礼を頂いた君定彦之大神様から御教授頂いたとおり、一心寺の道城義則之大神様ではっきりとその型を出されておられるように、道城義則之大神様とその御神団の神々様は、実に厳しく地に落ちるべく封鎖の型をとられておられましたが、この隠岐の焼火神社には、唯一傷付くこともなく、統一時代このかた、神界議長としての御はたらきをされる、その一番の本質を持たれた、更には、火の司頭領神としての、これは、遠州森町の秋葉神社におみえ頂く道城義則之大神様との深い係わりを持たれて、御当地で満を持しておみえ頂いた道城義則之大神様に、遥かに、君定彦之大神様お取り継ぎを頂戴して、御拝謁をお赦し頂いたと考えます。
係る首尾に相なりまして、○九十に神々様におかれましてもお慶びのことと存じ上げますが、我ら生宮としても、まずは御下命のままにかくのごとくの祭事をお赦し頂きましたこと厚く御礼申し上げまして、簡単ですが御挨拶とさせて頂きます。
かく申す私は、道城義則之大神様を守護之宮に奉載申し上げます、神人のSと申します。」

道城義則之大神様、御答礼

『我が為に、遠路参ってくれたこと、深く深く感謝、礼を申す。
決して、そなたたちの期待を裏切ることはない。
苦労をかけておるが、その涙に数が、そのまま、神々の下地となる。
神の道ひたすらについて来て下され。
道城義則之大神蔭。』

(解説)

厳島神社から小祠に光来した眷族さんは、白火白水神団の白狐さんであった。
この時点では、キツネ=道城義則之大神眷族、と把えていたのだが、厳島神社参入で、白火白水神団もキツネを眷族として使っていること、しかも彼らは、体「取り込み」に遭遇しておらず、乃ち「イナリ」と権化していない存在であることを知るところとなる。加えて、道城義則之大神は「白火白水二」とも、密接につながっている(平成5年11月17日秋葉神社)ので、「白狐」の神界背景は、更に奥が深いと思料される。
このことは平成5年12月20日、「小豆島の神人家床の間」に現れた「白狐」さんの要請に係る、「ゴビ砂漠神業」の成果を待つこととなっている。

                                                                                (つづく)