劇映画 「長良川」 -3ページ目
2015年03月07日 16時17分41秒

*「鳥の道を越えて」を観てきました!

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みなさん、こんにちは。
昨日、久しぶりに広報係あんさんと一緒に、岐阜高島屋前の「シネックス」にて、今井友樹監督ドキュメンタリー作品『鳥の道を越えて』を観てきました。

岐阜県東濃地方に伝わってきた「かすみ網」による猟法については、ぜひみなさんにも映画を観ていただき、知ってほしいのですが、わたし自身は以前、岐阜県八百津町出身のかたから「かすみ網」や「とや」についてすこし聞いたことがありました。

今回のドキュメンタリー作品では監督ご自身のナレーションに導かれながら、「かすみ網」について丁寧に調べられた道のりを一緒にたどるような感覚で知ることができました。当時のことを知るおじいちゃんやおばあちゃんのお話が味わいを深めていましたよ。なかでも、最初のほうに登場された高齢のご夫婦はお顔がそっくりでびっくり!やはり長年同じ空気のなかで、同じものを食べて暮らしていると似てくるんかしら~!?と、深々と感じ入りました。

そして、岐阜女子大の丸山幸太郎先生も登場されてびっくり!
丸山先生といえば東濃のご出身。わたしも以前に先生の研究室に伺い、東濃の食文化や地歌舞伎についておたずねしたことがありますが、とてもわかりやすくお話してくださったのが印象的でした。
スクリーンを通じて、またお目にかかれて光栄でした宝石ブルー


自然とともにある暮らし。
日本の食文化、食の慣習を見つめなおすことは奥深いものがありそうだと思いました。
身近なふるさとの食の歴史にもっと関心を持ちたいものですね。

(広報係HAPU
2015年02月09日 18時34分54秒

*「鳥の道を越えて」岐阜にはじまり全国で上映!

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こんにちは。
すっかりご無沙汰してしまいましてすみません。
今日はGシネマという良質な映画会を
長く岐阜の柳ヶ瀬の映画館で開いてくださった方より
素敵な映画を紹介していただきましたので
そのご案内です!


タイトルは鳥の道を越えて」



映画の舞台は監督・今井友樹さんの出身地、岐阜県東白川村。
あるとき(監督の)祖父から、
かつて故郷の空が渡り鳥の大群で埋め尽くされたという話しを聞き、
孫である監督が“鳥の道”を探し求めて旅に出ます。
「祖父の見た鳥の道を見てみたい!」と。

渡り鳥の大群が渡っていた時代、
秋になると村では「カスミ網猟」が行われていたそうです。
その理由は、捕って食べるため。
渡り鳥を「カスミ網」でどうやって捕まえたのか?
なぜ渡り鳥を食べなければならなかったのか?
なぜ現在は禁猟になっているのか・・・?
旅の過程で生まれる疑問の一つひとつを
丹念に追っていくという長編ドキュメンタリー映画です。
8年がかりで制作したものとのことです。

宝石緑平成26年度文化庁映画賞受賞 文化記録映画優秀賞
宝石紫第88回キネマ旬報ベスト・テン 文化映画部門第1位

2月28日(土)~3月6日(金)の1週間
岐阜市CINEX(柳ヶ瀬、岐阜高島屋前)
関市CINEXマーゴにて上映します!!
楽しみですね。
公式ホームページ↓
http://www.torinomichi.com/

(広報係HAPU)



2015年01月17日 21時02分28秒

*さようなら、笠木透さん・・・

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今日は、映画「長良川」の原作者松田さんから事務局に届いた便りをご紹介します。

──昨年の暮れ、岐阜中津川在住のフォーク歌手笠木透さんがなくなりました。いまどき77歳はまだまだ若い、あちらへ行く年齢ではありません。以前からガンと闘っておられたのですが、もうあの優しい声と辛辣でユーモラスなトークを聞けないと思うと、とても残念です。笠木さんとぼくとの交流は、編集担当したある本がきっかけでした。それは1981年に出版した「パパラギ」という題名の本です。


 笠木さんのご家族からのはがき(松田さん提供)

発売当初、その「パパラギ」が中京地区でよく売れているというので原因を調べたところ、ラジオのDJの方が番組で何度も取り上げ、書店に注文が殺到しているとわかりました。そのDJが笠木さんだったのです。その後、本をヒントに「パパラギソングス」と題したシリーズ曲ができ、笠木さんとその仲間があちこちのコンサートで歌って、本の知名度がさらに広がっていきました。
   *   *   *
パパラギソングスがご縁で、東京のコンサートではじめて会ったとき、笠木さんに「本のことを話してくれや」とさり気なく舞台に上げてもらったことは忘れられません。もちろんそれは、本の宣伝をしなさい、ということだったのです。こういうキッカケで本が認知され、ベストセラーになることがよくあります。お陰さまで『パパラギ』は当時で98万部まで部数が伸びました。

 笠木さんのアルバム『わが大地のうた』より

「わが子が学校から帰ってきて、おとうちゃん、今日先生に良い歌を教えてもらったよ。こういう歌を作らなあかんね─そう言って歌ってくれたのが『私の子どもたちへ』、何とおれの歌やったよ」とのエピソードには皆で笑いましたが、そんな笠木さんの大らかさと同居する反戦の哲学、弱者への温かい思いなどは常に際立っていました。
   *   *   *
「雪の野辺送り」という名曲があります。
・・・雪山のむこう はるかな空へ 君は旅立つ 雪の野辺送り
笠木さんの書いたこんな歌詞が、今となってはいっそう強く胸に迫ります。今年になってご家族から頂いたお手紙には、その詩が添えてありました。
   *   *   *
ぼくの高校時代の恩師で劇団はぐるまの主宰だったこばやしひろし先生が4年前になくなり、ここにまた笠木さんが旅立ちました。岐阜の文化を背負ってきた先輩たちがいなくなったあと、ふるさとのために何ができるか、大きな宿題を課せられたような気がしています──合掌──(松田悠八)


(広報係から)笠木さんは、中津川を拠点にフィールドフォークの旗を掲げて歌い続けてこられました。その間、在野の立場から政治の情けなさを叱咤するかと思えば、美しい恋の歌を歌ったりと幅広い活躍をしてきたとても元気な兄貴、そんなイメージで活躍ぶりを拝見してきました。松田さんとも交友があったと知って、いっそう懐かしい気持ちになりますね。このBLOGでも、こばやし先生や笠木さんなど先輩たちの足跡をきちんと受け継いていきたいと思います。

笠木さんの『私の子どもたちへ』と、代表作『わが大地のうた』が聴けます・・・どうぞ、ふるさとの香りあふれる歌をお楽しみください。 m(_ _)m
https://www.youtube.com/watch?v=OzWqSN-s028
https://www.youtube.com/watch?v=3LkUp8ucl8s
2014年12月22日 16時18分48秒

*星の物語、プラネタリウムで上映!

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今年の夏まで岐阜新聞に連載された松田さん(本BLOGの計画映画原作者)の小説「修羅と長良川」の挿絵を手がけて好評を博した谷口土史子さん、じつはコピーライターの羽渕千恵さんと「カプチーノ」という名のユニットを組んで、今までに何度か詩画展を開いています。この12月21日、カプチーノによる「星がつむぐ物語・オリオンの3兄弟」が愛知県安城市文化センターのプラネタリウムで上映されました。

19日岐阜新聞で紹介記事掲載

冬の星座としておなじみのオリオン座の中央に並ぶ3つの星──そのいちばん下の弟星は、お兄さん星たちとすこし違う思いを持っています。それは下界にあるものすべてに光を注ぐのではなく、「一本の木を探して」それに光を注ぐこと。編集事務所「Pen&Ink」の主宰でもある羽渕さんが編み上げた壮大なファンタジーは、きっと冬の夜空を見上げる人の興味をそそることでしょう。

谷口さんはそんな象徴的な物語に、例の深みのある色彩感覚で、版画のような手法を使って絵をつけました。残念ながらプラネタリウム上映を観ていないので、くわしい報告はできませんが、こんなお二人の素敵なコラボレーションを何とか再上映できないものでしょうか。幸い、本荘に岐阜市のプラネタリウムがあります。当 BLOG でも宣伝しますからお願いします、ぜ~ひここで「星がつむぐ物語・オリオンの3兄弟」上映会を開いて下さい!
(広報係A)
2014年11月29日 14時31分46秒

*柳ヶ瀬商店街、雑誌に掲載!

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全国の、歴史と伝統のある有名な商店街が雑誌「ジパング倶楽部」12月号に掲載されました。その中に岐阜柳ヶ瀬商店街も!

 右下の写真=明るいアーケードがうれしい日ノ出町通り

おばあちゃんの原宿として全国的に名の通った東京の巣鴨地蔵通り商店街、大阪天満宮の門前通りで名高い天神橋筋商店街などに並んで、「昭和レトロな魅力が至るところに!」というコピーで取り上げられた柳ヶ瀬。

紹介されているのは「ミツバチ食堂のフライ定食」、「喫茶ロンドンの照り焼きサンド」や「古道具屋の mokkumokku」、「昭和映画のロイヤル劇場」など。特にロイヤル劇場の昭和映画のフィルム上映は全国でも珍しいようです。

 おばあちゃんの原宿=巣鴨商店街は世界から客が…

東京でも新宿の「思い出横町」や「ゴールデン街」が昭和の香りを楽しむ人たちが集まって活気を取り戻しているとのこと。狭い店/お客さんとのつながり/おいしい手料理/といった魅力につられて、最近では外国の観光客が増えてきているそうです。

ならばいっそのこと、柳ヶ瀬もそんな昭和レトロの街として元気になるという作戦はないものでしょうか。大型ショッピングモールの時代から「人肌の温もりある横町」「狭くて細い町筋」へ!中島みゆきさんじゃないけれど、「時代はめ~ぐ~る♪(*^ ・^)ノ⌒☆」んですよね!(広報係A)

「ジパング倶楽部」はJR各社のPR誌

2014年11月01日 12時10分00秒

*「それぞれの伊勢湾台風」上映中!

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この映画のキャッチコピーは、
今から55年前に東海地方を襲った伊勢湾台風
“その時”にどう備えるのか?

中部地区に甚大な被害をもたらした伊勢湾台風から、もう55年が経過したのですね。

映画HPより

監督:本多俊夫 撮影:山田仁三 技術:渡辺純徳
編集:伊藤貴 助監督:大塚由美 プロデューサー:加藤基司
ナレーター:竹下景子 中本修
監修:福和伸夫 制作会社:株式会社 日映映像
企画・製作:「伊勢湾台風映画」製作委員会
配給:プロデュースラボ


左=55年前の取材時に使われたカメラとスタッフさんたち(朝日新聞より)

10月終わりに公開されたこの映画、じつは劇映画「長良川…」計画発足の初期のころ、「…伊勢湾台風」のスタッフが、我が成功させる会の会合に出席され、おたがいに情報交換していこうと約束した「仲間映画」なのです。
予告編はここでどうぞ↓
http://www.youtube.com/watch?v=fFpIPUAwuhw

「長良川…」計画が滞っている間に完成で、御祝いを申し上げる一方、正直言えば先を越されて悔しい思いもしますね。いやいやそんな狭い了見ではいけません、おのれに喝!

そこでまずは何より映画館へとネットで調べたところ、岐阜地区での上映は終わっていて名古屋方面まで出かける必要があります。─11月1日現在、ピカデリー名古屋、イオンシネマ名古屋茶屋、トヨタグランドシネマ、半田コロナシネマワールドなどで上映中─内容のご報告は次の機会にして、皆さん映画館に足を運んでこの「仲間映画」の成功を盛り上げましょう。(広報係 Y)
2014年08月28日 21時38分36秒

*共感、共鳴のほとばしり!

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8月27日の岐阜新聞朝刊文化欄に、「長良川スタンドバイミー1950」原作者松田悠八さんの連載小説「修羅と長良川」完結を受けて、作品評が掲載されました。タイトルは「尽きることない対話小説」─復興期の空気と人間群像伝える─。その一部をご紹介します。

 記事に引用された挿絵には長良川、旧長良橋、金華山、その上を走る銀河鉄道などが登場する

 登場人物はよく語り合う。演劇部の部室で、大学進学後の東京の狭いアパートで。…語らい、熱い議論。その構図は東京に集った人それぞれの地域のお国言葉が、大都会のるつぼで向き合った形だった。完結した長良川3部作は、尽きることのない「対話小説」と言っていい。

 松田小説の真骨頂は人々への共感、共鳴のほとばしりであり、誰もが持つ懐かしい青春の記憶でもある。…物語の基底にあるのは自然、そして人々の体にも等しく流れる水。…美濃・飛騨の森を潤し、長良川の奔流となる水、人々の心にたぎる血潮。また流刑地の島々を分かつ黒瀬川(黒潮)であり、東日本を襲った大津波でもある。

 同時に今回、連載の魅力となったのが挿絵だ。水のしずく、長良川に託した命の象形。島々を包むばかりの満天の星。ユキチャや美恵乃さん。郡上踊りや長良川鵜飼。細やかな描写と色彩、幻想的な表現が相まって…連載を支えた。(林進一)


当BLOG担当者の間でも「素晴らしい批評」「9ヶ月間読んできた余韻がまたよみがえってくる」など、うれしい反響がありました。そして「長良川スタンドバイミー1950」の映画計画が、これを機にさらに進むことを期待する声も上がったのでした!(広報係S)
2014年08月22日 11時32分35秒

*岐阜新聞連載「修羅と長良川」終了!

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去年の12月にはじまった岐阜新聞の連載小説「修羅と長良川」が8月18日に終わりました。この BLOGでも何度かご紹介したように、筆者は「長良川スタンドバイミー1950」(小島信夫賞受賞作品)の松田悠八さん。2作目の「円空流し」(2005年岐阜新聞連載後、2009年冨山房インターナショナルから刊行)に続く「長良川3部作」の完結編です。

 「修羅と長良川」最終回

主人公は東京タワーが完成した年に大学入学、当時は学生演劇全盛の時代で彼も演劇青年として活躍。2010年に当時の仲間が集まり、隅田川の屋形船で花見を兼ねた同窓会が開かれます。すると川べりには建設途中のスカイツリーが…東京タワーからスカイツリーまでちょうど50年の時間が経過、昭和の1断面が楽しく回顧されます。

物語の舞台は、東京と岐阜を往復しながら、時には伊豆の島々へ。そのひとつ、伊豆新島には、江戸時代に飛騨高山を中心に起こった百姓一揆で流罪を科せられた一揆の指導者の墓があります。主人公は1960年代に新島に行ってその墓を訪れ、墓の横に墓守り姿の息子の石像が置かれているのを不思議に思います。1970年代になり、主人公は仕事で八丈小島へ渡りますが、そこで、八丈島にはあの一揆を取り締まった飛騨の代官が流されていたことを聞かされるのです。

 シズクはこのお話のシンボルマーク

2つのミステリー、百姓代表の墓の横に座る息子の座像の謎と、その百姓代表よりも代官のほうがより遠い島まで流されたという謎…物語はそれらを追いかけますが、果たして真相にたどり着けたのでしょうか!?

最後の章で、主人公は学生演劇仲間の女性ふたりを連れて、飛騨高山から郡上、長良川と旅をします。ひとりは八丈島育ちで青い目を持つ白系ロシア人の血をひく(かつての)美女と、学生時代から主人公を姉のようにリードしてきたチャキチャキの江戸っ子。岐阜には縁のないふたりが、この旅で見てきた山や川に「ふるさと」を感じるあたりは、この小説のラストにふさわしい仕上がりでわくわくしながら読みました。




最終254回目から(筆者の了解を得ましたので)数行を引用させて頂きます──(読み逃した方は、図書館で岐阜新聞ファイルを開いてください。2013年12月1日から今年8月18日まで)
「ぼくたち三人は、しゃべるのをやめて一瞬の幻想の世界に浸りきった。上弦の月が金華山の西の稜線にかかっていた。六〇年ほど前、この川から北へ行った小学校の校庭で、イネ先生が宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読んでくれた。賢治は「このぼんやりと白いものがほんとうは何か、ご承知ですか?」と読者に訊いている。百億年前に誕生したその白いものが、金華山の真上に広がっていた。むかし長良川の近くを走っていたという長良軽便鉄道が、白いものに向かって昇っていった。雨に洗われて透明度を増した大気層をつらぬいて、白いものの光が地上に届く。その光は、清冽な流れとなって長良川と混じり合い、あまたの修羅をいさめつつ清めつつ下っていく。ぼくはそれをたしかに見た。(おわり)」

映画の BLOG としては、連載中に映画に関する進展が見られなかったことが何より残念ですが、めげずに次の晴れの日を待機することにしましょう!(広報係S)
2014年07月17日 11時16分00秒

*夏目漱石『こころ』に見る「ふるさと」

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こんにちは。今日の岐阜は午前で30度をかる~く突破。
私の居る場所は、すでに34度(午前11時半)です晴れ

さて、松田悠八さんの新作、岐阜新聞連載小説『修羅と長良川』を毎朝読んでいるわたくしですが、じつは朝日新聞の連載小説『こころ』も毎朝楽しみにしています!本

『こころ』といえば夏目漱石。学生のころ、夏休みに読んだなあ…という人もいらっしゃるのでは?
でも、本ではなく、新聞の連載小説として読むというのは本当に新鮮。100年前と同じ構成で読めるというのも面白いです!

さて、昨日掲載されていた『こころ』の冒頭はこうでした。
郷里に帰り、危篤の父親のそばで暮らす主人公宛ての手紙・・・東京の「先生」から届いた手紙の一節が素敵でした。
その先生が、学生のころ、夏休みになると帰った郷里のことをこんなふうにつづっています。

私が三度目に帰国したのは、それからまた一年経った夏の取付(とっつき)でした。私は何時でも学年試験の済むのを待ちかねて東京を逃げました。私には故郷がそれほど懐かしかったからです。貴方にも覚(おぼえ)があるでしょう、生れた所は空気の色が違います、土地の匂(におい)も格別です、父や母の記憶も濃かに漂っています。


生まれたところは空気の色が違い、土地の匂いも格別・・・。

この感覚はきっと多くの人が感じるものなのでしょう。
だから、ふるさとって特別でありつづけるのでしょうね。
個々の宝物だけど、たしかに、ふしぎに、普遍的なもの・・・。

さて・・・
松田さんの『長良川スタンドバイミー1950』の冒頭は、私が個人的にとても好きなところです。

主人公で大学生のユーチャが東京から岐阜へ帰ってくるのですが、
流れるように、風景が見えて来て、岐阜駅、柳ヶ瀬、金華山、長良川、そしてわが家へと行き着くのです。

その一節をご紹介します。

 ほぼ八か月ぶりの岐阜は東京に比べてひとっ気がなく、嘘のように静かだったが、晩秋の朝の光りがまぶしいほどにあふれていた。
 長良橋を渡りきった最初の駅で電車を降り、一段高い外堤防上の見晴らしのいい道を川下方向へ歩く。左手に金華山と長良川を望みながら進むと、五分ばかりで右手の畑のなかに二部屋と台所だけの小さなわが家が見えてくる。
 近くの家で犬がウオーンと細長く吠える。年じゅう鍵をかけないままの玄関の引き戸は半分開かれていて、なかからぼそぼそと話し声が聞こえてくる。
「帰ったよ」




これだけ広い世界で、行き着くところが
「二部屋と台所だけの小さなわが家」家というのがいいなーと思います。

そこにはユーチャにとって大切な空気の色や土地の匂い、家族や親戚との会話、ぎふの言葉があるのではないでしょうか。

そういえば、ご紹介した箇所は、主人公のユーチャが「チチキトク(父、危篤)」の知らせをもらって、帰郷するというものでした。
『こころ』と『長良川スタンドバイミー1950』にちょこっと共通項を発見した気分?!
ちなみに『こころ』は1914年に連載された話。『長良川~』は1950年のころを描いた話。


これからますます暑くなりますが・・・
おとなの夏休み、人生の夏休みに「読書」をぜひ。
〈再読〉するのも楽しい発見がありそうですよ!!

ついしん)

松田さんの作品を再読すると、映画化への思いも再燃します!!



(広報係HAPU)

2014年07月11日 21時30分26秒

*東京青山で郡上踊り♪♪♪

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7月1日付岐阜新聞朝刊

美川憲一さんの来訪で柳ヶ瀬が盛り上がった少し前、東京では恒例の「郡上踊り@青山」が開催され、2日間で8千人の踊り手が郡上八幡よりひと足早い踊りを楽しみました。青山は、江戸時代に郡上藩主を務めた青山家の下屋敷や菩提寺の梅窓院があることからその地名が残り、東京でもオシャレ度の高い地区になっています(ただし現在、南青山などはあっても青山という地名は存在していません)。

最初は梅窓院境内ではじめられた「郡上踊り@青山」も今年で20年目、数年前から国立競技場側の駐車場で開かれていましたが、2020東京オリンピックのための工事がはじまるので今年の会場は港区青山小学校のグラウンドに。本場の郡上八幡よりひと周り大きな会場で、浴衣姿の踊り手は手足を思いきり伸ばして踊っていましたよ。でも、やはり郡上八幡の通りや境内の、あの狭さの中で肌寄せ合って踊るのが郡上踊りの醍醐味なんでしょうね♪♪♪(広報係S)


追伸:前回、「長良川…」映画計画の1950年代に、柳ヶ瀬のアーケードはあったのかな、という疑問に答えて原作者の松田さんから返事があり、「50年当時にはなかったですよ」とのことでした。ちょうど工事中の柳ヶ瀬の一角で、上の写真が撮れました。ここから見える空は、昭和の色をしてるようですネ♪

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