子どものころクラシック音楽が好きではなかった。今では欠かせないほど好き。
小学校の音楽の時間にこの曲を聴いてどんな風景がみえるか?とか、どんな気持ちになるか?とか問われてもうまく表現できなかった。だから嫌いになったような記憶がある。表現できる友だちがうらやましかったし、なんで、そんなことを気がつくのだろうと思った。しかも、今に思えば音響もちゃんとしていない場所で聞かされていれば、良さを感じることが少なかったかもしれない。

 

読書も同じだと思う。本を読んだらなんで感想文を書かされなければいけないのだろう。ただ、漠然と楽しかったとかで最初はいいと思う。そうしないとある一定の読書の壁をこえられず読書ができない大人ができあがってしまう。
最初、読書というものはほんとにつらい。その壁を超える自分にあった面白い本に出会えなければ、一生 本を読まないで終わると思う。それが、どれだけ人生をつまらなくするか本人は気が付かない。だから、まずは読書も音楽も良さに気がつくまでは強要してはいけないと思う。そして、その個人差は大きい。

それと本物を見なければ良いも悪いもないと思う。名画も彫刻も実物を見て初めて感動できると思う。スポーツだってテレビ中継では感動は半減する。伊豆には大きな美術館も博物館も図書館もスタジアムもない。これはしょうがない。そのかわりにかけがいのない物もあるから我慢する。高校生の時、初めて新宿の紀伊国屋書店に行った。こんなに大きな書店があることを知った。カルチャーショックだったことを今も覚えている。心が揺さぶられた。大きい書店が近くにあることがうらやましかったが、残念ながら修善寺にはなかった。

 

どういうわけか父の跡の書店を引き継いだ。しばらくするとあの紀伊國屋書店の社長の言葉を聞く機会に出会った。あこがれの書店の社長の言葉の中に「引退したら30坪くらいの本屋をやりたい。自分の好きな本だけを並べた本屋をやりたい。ひとりで管理できるのは30坪が限界だから」これならできると思い、行動に移した。祖父から引き継いだお客さまに満足してもらえるような本棚。そして、自分が責任持ってお勧めできる本を並べた。これからも本の魅力を伝えるために時間を使っていきたいと思っている。本屋としてできることだから。

 

本屋に生まれ本屋で育った。本に育ててもらったと言っても過言ではない。だとしたら本に恩返しをしなければ。

 

今日、揃えたばかりのセレクトから2冊の本がお客様の手に渡った。書店人にとってこれが一番の幸福だと思う。

 

 

 伊豆に住んでいて良かった思いました。車で1時間走れば海・山の絶景に到着できます。世界的にも珍しい海底火山の地層が見られる西伊豆。壮大な石丁場がある南伊豆。森の中に佇む大ブナのある天城。広々とした開放的な東伊豆。「伊豆の大地の物語」も同時にお勧めします。

 

 河津「酒精進・鳥精進」、修善寺「独鈷の湯」、堂ヶ島「ゆるぎ橋」、大瀬「神池」、函南「こだま石」、石廊崎「千石船帆柱」、南伊豆「手石の阿弥陀三尊」の7つは何処も神秘的で美しく物語が生まれた事に納得ができる場所です。「酒精進・鳥精進」の言い伝えは今でも現地で語り継がれ、年末の12月18日からの6日間は鶏肉も食べず、お酒も飲まないという風習が守られています