独特の雰囲気のあるご神域でした
メンバーには 祈り手の方
受信、発信ができる方が多くいらっしゃいます
それぞれ 通信管のように必要な役割をしてくださっていたと 思います
立派な龍さんもいらっしゃいましたが
扉は閉じられ、柵の向こう側でいらっしゃいました
限界集落
と伺っていましたが本当に山深い場所で
幹線道路からははるばる数時間、ヘアピンカーブが続く山道を通ります
いまではバイバスもできていますが(それでも2時間近い道のり)
立派な神楽殿までありました
ここでは「許し」を受け取る
そんな感覚がわたしにはありました
社殿で参拝していると
背後から呼ばれるような感じがあり そちらに行ってみると
立派な木と その根本には 樹洞(うろ)がありました
呼んでいるのはここだなあという感じがしたので
こちらに 神官レムリアを捧げることになりました。
モトさんのお婆さま はなさん(こちらの家系の方)は
モトさんが生まれたとき お父様に
「この子は自由に生きさせてあげなさい」と 仰ったのだそうです。
今回の旅では
はなさんに「はい、自由になります」と
伝えにきたのかもしれないな・・と思いました
どこかで 長男として 家系を背負い
献身し
そしてそれが 「当然」のことであり
それ(継ぐこと・繋ぐこと)が「できなかった(と思われている)罪悪感」への懺悔
そしてここで許しを受け取り
そして「自由になる」と宣言する・・・
52歳の最後のタイミングで
子宮に一度回帰し
そして、カレンダーラウンドのタイミング(13の月の暦上で生まれた日と同じ巡りになる、その1年間の最後の日です)
で、「自分自身の人生を自由に生きる」
そんな覚悟と宣言
最初に書きましたが
同行された皆さん、そして私自身も
このテーマに共鳴する何かを感じられたから
「自分ごと」として ともにありました。
サポートする存在であると同時に 導かれてもいます。
導いているようで、受け取っているのだと思います。
洞でのワークのあとの神官レムリアンシードの水晶と
それを持って戻られたモトさんのお顔が
とてもキラキラと輝きをましているのが わかりました。
まだまだ、「伝えたいことがある」という感覚はありましたが
もう日も傾いてきていたし
歩いてきた道を駐車した場所まで戻らなくてはならないので
降りてゆくこととしました。
(帰り道は それぞれが 感じることを シェアしながらの道のりになりました)
モトさんの案内で さきほどとは別の道を通ると 地元の集落があり
里山的風景のなか、民家の間を通り抜けながら
そこでの「暮らし」を感じることになりました。
車に戻ると、もうしっかり夕暮れでした。
宿泊予定の場所まで Google MAPで調べると 1時間45分くらいかかる、と出ています。
今日のところはここまでとし、宿に戻らなければなりません。
1日だけ参加の皆さんとはこちらで解散です。
そしてここで、「レッドの炸裂」「解放が起こりました」
(もちろん、それは起こりうることだと思いました。
龍のエネルギーが鎮められた場所
そしてそこにある レッドのエネルギーを迎えにきたわけですから・・・)
そういった、カタルシスが予期せぬ形で起こる、ということは
こういったワークでは 起こり得ることでした。
逆に言えば、「暴れ川」として協力な龍鎮が行われた場所ですから
わたしたちの中にある「無理やり鎮めていた(なかったことにしようとしていた)情熱や
流されていなかった涙が 一気に解放される」ということも
自然現象なのだろうと思います。
そして、この後、不思議な時空間に彷徨い込むような
そんな体験を全員でしました。
いま思い返しても、不思議な体験であり
「イニシエーション」のようだった、と 思います。
諏訪神社の近くに生えていた火焔茸(かえんだけ)
まるで まっすぐ立ち上る炎のようであり、立ち上がる龍のようです。
石で言えば「ジンカイト」にそっくりです。
ジンカイトの、独特の 爆発的なクリエイティブエネルギーを感じます。
(きのことしても珍しい、そして猛毒のものだそうです)
・・・そして、これもメッセージでしたね。
このシンクロニシティに、翌朝、気づくことになります。
つづく
