わたしたちをここに招いてくださったご先祖さまたちの魂。
そして、このタイミングで立ち会わせていただいていること。

それを思うだけでも、身が引き締まる思いでした。

 

2時間弱のドライブで、井川ダムの橋を渡りました。

大きなダム湖にかかる橋です。
 

 

ずっと細い山道だったので

しばらくぶりの 大きな建物、ひらけた風景でした。

 

 

お手洗いに行きたい人もいるということで、ここで小休憩になりました。

 

 

 

 


車を停めました。

大井川の上流。
思った以上に大きなダムでした。

 

 

まずはここの水に呼ばれたような感覚があり、
土地へのご挨拶をかねて、お祈りを捧げよう――
そういう流れになりました。

 

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流せなかった涙の井戸。
心のなかに溜まった水の重さのようなもの。
それは「後悔」でした。

ひとりひとり、ご自身のなかの深い後悔の感情を、ここで浄化するのだ――
そう感じました。

 

 

 

 


それを、みなさんにお伝えしました。

 

 

 

「心の底に、流し切れていない感情の澱(おり)のようになっている後悔に、目を向けてみてください。
誰かに謝りたい。何か、そうであったことを悔やんでいる。

 

 

もし謝罪できるのであれば、どんなふうに謝りたいだろうか。

 


何について後悔しているだろうか。

 

そして、それを意識したのちに、
『本当はどうしたかったのか』


『何を大切にしたかったのか』


そこに意識を向けていく――。

 

 

 

みんなで湖に向かって瞑想しながら、
わたしに降りてくる言葉を、そのまま声にしていきます。

 

湖の豊かな水と

静かな波紋が

 

わたしたちの感情の水を写しているようでした。

 

 

 

モトさんのお話では

この川の上流にダムを建設する際

集落の方が

 

ダムの底に壺を埋めたのだそうです。

(実際はダムの深さと同じくらいの深さをさらに掘った土の中に)

 

 

 

 

神聖で、秘められたもののエネルギーがダムの底で眠っているのを感じました。

 

 

 

 

 

 

こういうとき、わたしは「自分も一緒に聞いている」状態になります。
自分の声で話しているし、意識もしっかりある。
でも、自分が考えたことを言葉にしているわけではない。
受動的に話す、という感じ。
少し不思議な感覚です。

 

 

泣いている方が、たくさんいらしたと思います。
男性も、女性も。
それぞれが、ご自身の「後悔」と向き合われていたのだろうと思います。

 

 

罪悪感が大きいほど

後悔が大きいほど

それだけ大切なものを「本当は守りたかった」「大切にしたかった」

 

そんな思いが、より深い場所に隠れている

秘められている。

 

罪(罪悪感)という封印を解けば

 

その奥には「何かを痛切に望んでいた」

「守りたいものがあった」「大切なものがあった」はずなのです。

 

そこに、意識を下ろして

 

重なり合った後悔や嘆きの層を超えて

「核」にあったものにチューニングしていきます。

 

 

 

 

この土地に眠る魂たちの後悔、
そして謝罪の思いをも、わたしは強く感じていました。

 

 

 

 

わたしの旅は「土地に共感する」ということをしているのだろう。
そんなふうに実感しました。

 

 

湖の底に眠る、大切な宝物。
そのエネルギーにつながるには、
「後悔」や「謝罪」の奥底に眠る、

「本当のねがい」
(本当はこうしたかった、これを満たしたかった、これを大事にしたかった――というようなもの)

そこにつながることなのだと。

 

誘導の言葉のなかで、ある言葉が浮かびました。

 

 

このあたり、自分ではよく覚えていないのですが、
「天の太陽、水の底の太陽」
そんな言葉が 降りてきたところでした。

 

 

 

 

 

それまで空を覆っていた雲が割れました。

そして、


その雲間から、まさにそのタイミングで眩しい太陽の光が出現しました。

 

目を閉じていても

明らかに強い太陽の日差しの熱を感じました。

そして、明るさを。

 

思わず目を開きました。

すると、

その太陽の光が湖に映り、
まるで湖の底から何か光るものが浮かび上がってくるように、輝き始めるのが見えました。

 

(写真にはうまく写せなくて残念だったのですが、まさに

「天にある太陽・水底にある太陽」 そのものだったのです。

 

(2つの太陽が輝いているように見えました)

 

 

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暖かな光がわたしたちを包みました。

 

 

わたしたちの「謝罪」が届き


奇跡的な光に包まれるような感覚がありました。

 

 

 

わたしたちの心の動きと、降りてきた言葉と、世界が共感しあっている。
共鳴している。
 

 

 

しっかりと、その感覚がありました。

 

 

ここに来てよかった。
土地とつながれた――そんな感じがありました。

 

 

 

たくさんの「流せなかった涙」が謝罪とともに解放された、と 思います。

 

 

 

そして、確かここで判明したんだったと思います。

今回の参加者のうち 男性の参加者さん5人全員が モトさんと同じ「長男」でした。

 

 

そのうちのひとりが言いました。

「長男ってさ、なんだかわからないけど、生まれたときから目の前に鉄のレールが引かれているんだよ」

 

 

なるほど・・

 

「長男なのに家業を継がないという決意をされた」

 

モトさんのそのタイミングと

やはり共鳴するメンバーが

 

集まっていたのかもしれません。

 

 

 

 

こんなふうに

 

1日目のテーマは 謝罪と許し

として 進んでいきました。

 

 

 

モトさんのファーストネームである

 

「許由(もとよしさん、と読みます)」は

 

「理由なく 許す」=無条件の許し

 

という意味合いをこめてつけられたのだ・・とご本人から伺ったことがありました。

 

生まれたときにつけられた「お名前」にも

ちなんだ ワークが ルーツである 土地でのセレモニーとして 、ちゃんと用意されていたんだな・・と

 

いま、その采配にも、気付かされました。

 

 

そしてこのあたりは

 

縄文時代の遺跡がものすごく豊かに 遺されている(一部はダムに沈んでいる)

そんな土地でもありました。

 

 

 

つづく