上の記事の続きです

 

こちらの連載に関しては

こちらで一覧できます

 

 

 

 

【奥静岡縄文クエスト4:古道を登る:ご先祖さまの息づかい】

看板のあたりからダムまでは、美しい渓谷沿いの古道を、ひたすら登っていきます。

ヘアピンカーブが1時間以上続きます。

 

「限界集落」と耳にしてはいましたが、
思った以上の距離と行程でした。

 

でも、青空の下、
どんどん深くなってゆく緑の森……きらきらと光る水面。

 

渓谷の石たち……こぼれ日を感じながらの道のりは、飽きることもありませんでした。


(運転してくださったみなさんは大変だったのではないかと思いますが……)

 

そんな風景を眺めながらも、

わたしは、
さきほどの「ごめんなさい」のメッセージと、今回の旅への思いを馳せていました。

 

 

今回はなにか、ここに「鍵」があるのだという感覚が、だんだん大きくなっていきました。
 

それと同時に、土地の記憶ともつながってゆく感じが深まります。

 

 

「仙骨びらき」で見えた風景と明らかに重なる風景に、
 

あの渓谷はここだったのだ――
 

という確信が高まっていきました……。

 

 

車のなかで、
モトさんのお祖母さまのお話を伺いました。

 

 

この奥、井川ダムからさらに1時間ほど登ったところにある神社(「諏訪神社」)の神職の家系でいらしたそうです。

 

わたしが仙骨びらきで見た、
「鎮まれ……鎮まれ」とご祈祷されていた方は、
こちらの方だったのではないでしょうか。

 

 

この川は「あばれ川」とも呼ばれており、
洪水などの災害をよく起こしていたようです。

 

同時に、上流のダム建設の際には、
ご先祖さまが隠れ住んでいた集落はダムに沈み……というお話もあったので、
その際の龍神への祈りでもあったのかもしれません。

 

 

同時に……ここでも「諏訪」であった、ということへの深いご縁も感じました。

 

 

このブログでも書きましたが、

「ハレアカラのクレーターの真ん中にあった、8柱の神に守られた9番目の神」
「世界の中心は高田馬場である」という巫女さんからのメッセージ。
その夢をきっかけに行った、高田馬場にあった諏訪神社……。

そして、諏訪、諏訪大社への巡礼……など、
 

 

これまでの数年がかりのワークが思い出されました。

 


半年前(2025年)のリトリートでは「諏訪で集合しなければ」というミッションで行い、
「ひえのそこ村」に皆で行きました。165年前の星の配置と同じ角度になったとき

諏訪湖のほとりで銀河の七方向の祈りを行いました。

 

 

2022年のコズミックエッグ(出産ワーク)では、
Xデー当日、わたしは「諏訪」で過ごしました。

また翌日(2022年12月24日)出産ワークを行なった豊橋の蛇穴では、
「この洞窟は諏訪湖と繋がっている……という地元の言い伝えがある」ことを

地元の参加者の方から教えていただきました。

 

2020年に「琵琶湖ものがたり」せおりつひめのご縁からつながった豊橋ロータスさんとのご縁。
そのオーナーであるモトさんのルーツまで「諏訪」だったなんて……。

本当に驚くつながりです。

 

(ひとつひとつのインスピレーション、訪ねた土地、紡がれた人とのご縁……すべてが、
織物のように絡み合っているのです)

 

 

そもそもは、レムリアからのメッセージである
38と83への紐解きからはじまっています。

 

 

2018年に受けた
「日本列島の背骨をひらくために、55箇所での仙骨びらきを行う」という啓示や、

2019年に受け取った
「これから、あなたは3人の神官に出会う」という啓示を受け取っていなかったら、

おそらく、豊橋からの「仙骨びらき」へのリクエストも、
実行していなかったと思うので、

いろいろなことがひとつひとつ、互いの伏線となっていたことがよくわかります。

 

 

(いろいろ絡み合いすぎて、
細かなことを書き記したり、深く振り返ることもできぬまま、
次の旅、次の旅と数珠繋ぎのように何年間も動いていました)

 

 

いま思えば、本当にそれは、
ひとつひとつが完全であり、

同時に次の「たま」へと繋がってゆく、
フラーレンのような、立体のフラワーオブライフのような、そんな「完璧で多角的なつながり」を創造するプロセスだったのだと思います。

 

(そのことが、この旅から2ヶ月後に「答え合わせ」のようなかたちで判明しましたので、
今回はそこまで書き残したいと思っています)

 

 

・・話がまたまた拡がってしまいました 💦

 

話を戻しますね。

 

 

セッションのときのヴィジョンで観た、
「鎮まれ」「鎮まれ」と祈っていた方とその血筋の方、この土地に関わりの深い民の魂・・・。

 

限界集落まで落ちのび、
お墓に名前すら刻まず隠れて暮らした民……。

 

そこには、どんな背景や思いがあっただろう

 

今回ここに「ご縁」をいただいたことに、
感謝を向けながら、その意味を考えていました。

 

 

仙骨びらきのセッションのときには
モトさんの身体のなかに、
「龍の稚魚のような存在たちが無数に蠢いている」ということを感じました。

 

何かの「封印」がかけられている、鎮まれ鎮まれと それは神聖な祈りであり

同時に無意識下での封印になっている・・

そしてそれは、おそらく、わたしがセッション中に見えた渓谷の風景の土地

その「土地の記憶」と深く関連している気がします。


そんなことをご本人にお伝えしたかと思います。

 

無数の龍の稚魚たち・・

色に表すならば、それは「赤」いエネルギーの象徴のように思えました。

 

 

赤はそもそも生命エネルギーであり、
情熱であり、
起爆装置のように働くことがあります。

 

ここが封印されていると、
物事を「実現させる力」、意思をマニフェストしていく力が、堰き止められます。

まるで、「ダム」のように。

 

 

もちろん、モトさんは
すでに多角的に活躍されている方でした。

 

でも、

本当はもっともっと爆発的で、ものすごく強い情熱や生命エネルギー、
行動力、クリエイションの力を持っている方・・・
 

 

けれど、それを必死にとどめている――
(「鎮まれ、鎮まれ」という切実な祈りで止めている・・・)
 

そんなことを思い返していました。

 

 

 

 

 

この土地で、このメンバーで

わたしたちにいまできることはなんだろうか・・

 

そんな問いを立てながら・・・。

 

 

 

 

 

山道を登ってゆきながら、

 

そこには
それは何かしら、漠然とした、そして深い「罪悪感」が

残留している・・ということがなんとなくわかりました。

 

 

 

この土地に、残留している「罪悪感」。

本来の自分のレッドのエネルギーを解放することに対して、
「罪悪感」や「後悔」が、
止めている……そんな感覚があることがわかりました。

 

そしてそれが わたしたちこのメンバーの意識のなかにある

「後悔と罪悪感」「自責の念」と共鳴しはじめている

そんな感覚がありました。

 

 

そして、
さきほどの「ごめんなさい」という看板のことを重ね合わせて考えたとき、

ああ、ここでわたしたちは、
「漠然と抱えている罪悪感と後悔」を、
「謝罪」へと変容させにきたのだ……ということが、わかった気がしました。

 

 

堰き止められたレッドの「あばれ川」のダムの底に

祈りとともに封印された龍のエネルギーを

迎えにきたのかもしれません。

 

 

 

つづく

 

 

 

大日古道 案内板