【奥静岡縄文クエスト3 「ごめんなさい」の看板と秘仏禅寺〜旅のテーマが現れる】

楽しい食事時間が終わり、箸袋メッセージでも盛り上がり

参加者のみなさんのリラックスした様子に、わたしもほっとしながらも

まだ「ミステリー」は続きます。

 

今回は「ダム」に向かう

ということは確かでした。

 

レッドのワーク。

わたしたちの足元にあるアーススターというエネルギーセンターに刻まれた

ルーツ、そしてこの大地のグリッドシステムと関連している、それも実感がありました。

 

そして

「あのときに稚魚のように鎮められていた龍の子供達に導かれている」

 

そんな約束めいた感覚もありました。

 

きっと、約束されたメンバーだったのだろう

という確信はありながらも

実際にこの2日間を どんな意識で過ごしていただくのか

セレモニーといっても何を、どんな意識で行うのか・・

それを

ナビゲートしていく

 

それが私自身のミッションであり

「間違えないようにしなければ」

・・というような、身が引き締まるような思いもありました。

 

 


まずは「ダム」方向へ向かうことになりました。

 

 

ダムや水に関するワークは、わたしにとって長年のライフワークでもあります。
その土地の「水」に、まず会いにいこう。


きっとそこで「次のミッション(行き先やテーマ)」が見えてくるだろう。

 

 

人生初の「東北巡礼」に向かったときのような、
予定白紙のままのスタートです。

(あのときも、まずは新幹線の盛岡に向かう

そしてその日の夜に見る夢に従って翌日の行き先を決めよう

そんなふうに過ごしました)

 

自分の思考がみちびきだす計画を超えたものが

かならずやってくるだろう。

 

それを「信頼する」ということだけに 感覚を開くためには

思考をやすめ、サレンダーすることが試されます。

 

安竹さんが運転してくださる車に

4台の車が連なってついてきます。

 

わたしはその先頭車の助手席にいました。

 

山間の道へ入っていくと、
まずはのどかな里山の風景が広がります。

 

そのとき目に飛び込んできたのは大きな看板でした。

 

白い立て看板。

 

大きな文字で、
「ごめんなさい」

 

とだけ、書かれています。

 

 

なんの看板だろう

 

車で行き過ぎながらも

よく見ると

 

「秘在禅寺」と小さく書かれていました。

 

おそらくお寺が建てた看板なのでしょう。

 

それだけでした。

 

 

田園風景のなかで飛び込んできた巨大な文字に

驚いて、これはひとつめのメッセージかもしれない

そう思いました。

 


どかんとハートに共鳴してくるような感じです。

 

安竹家は、ご先祖さまのお墓に「安竹家」という名前を刻むことすらしなかった、といいます。


(おそらく、何かから追われたか、隠れていなければならない家系だったのではないか――というお話でした)

 

 

「存在を隠して」いなければならなかった。
その言い伝えと、「秘在」という文字がつながっているようにも思えました。

 

もちろん今回は安竹さんのルーツに関わる旅であることや

還暦に関する再誕生の意味を持つタイミングであることは

事前に予測していました。

 

「ご先祖さまワーク」ということもできます。

 

わたしはこの看板を見た時
「もう始まっているんだな」と、思いました。

 

 

ごめんなさい、だって・・・わたしたち何かに謝るのかな・・」
 

 

すると、今度は

「ありがとう」

という看板が見えてきたのです。

 

(それはどこが建てたものかはわかりませんでした)

 

 

 

全員が揃って走り出したとたんに

「ごめんなさい」と

「ありがとう」でスタートです。

 

 

 

それを見て、
「今回は、ごめんなさいとありがとうの旅なのだろう」
そう、はっきり感じました。

 

 

「ホオポノポノみたいだね」
そんなふうに話しながら、ドライブが続きました。

 

移動中のおしゃべりやシェア、見える景色から感じることの分かち合いも、ドライブの楽しみ。
それを楽しみながらも、土地との対話を深めているような気持ちでいました。

 

 

今思えば、最初に飛び込んできたこの二つの看板、
「ごめんなさい」と「ありがとう」が、今回のクエスト全体に貫かれた大切なテーマだったのだろうと思います。

 

それは 2日目の出来事、そして 旅が終わった2025年の年末にかけての

「答え合わせ」に続いていくことになるのでした。

 

 

(ちなみに、旅が終わってから調べてみると

最初にみつけた「ごめんなさい」の看板は

テレビの「日本珍百景」でも取り上げられたものなのだそうです。)

 

車で走りながら見かけた看板だったので

写真を撮り損ねてしまったので、こちらに貼ることができず 残念です。

 

 

 

わたしたちは

「大日古道」と呼ばれるルートに沿って

さらに山深い道のりへと進んでゆきました。

 

image

 

 

 

まだまだ続きます