日本各地の年末の風物詩となっている、ベートーヴェン「第9」の公演ですが…。

所謂「バイロイトの第9」、1951年7月の戦後最初のバイロイト音楽祭の初日に於いて不世出の巨匠ウィルヘルム・フルトヴェングラーが遺した名演のライヴ盤の呪縛からなかなか脱け出せない身にとっては、凡百の演奏では満足できず、また普段の定期公演等に比べマナーの悪い聴衆が往々にして目立つこととも相まって、少なくとも社会人になってからは、2000年12月30日の朝比奈隆&大阪フィル(結果的に朝比奈生涯最後の「第9」となった)や、シャルル・デュトワ&N響、大植英次&大阪フィル等、余程関心を掻き立てられたもの以外は足を運ばずにいました(年末以外であれば1996年5月のウォルフガンク・サヴァリッシュ&フィラデルフィア管弦楽団来日公演等に於いても聴いてはいるのだけれど)。

しかし…。

あの震災に日本が直面した2011年、流石にこの年の暮れはベートーヴェンが遺した人類の至宝とも云うべきこの作品に再び直に接したくなり、熟考の末に大野和士&都響の公演へ。

翌2012年はまた、「ピュア・トーン」によるN響との一連のベートーヴェン・シリーズが話題のロジャー・ノリントンが、N響「第9」公演を指揮するとあって俄然行きたくなりました

そして2013年。
今年は止めておこうかと当初は思っていたのですが、前年11月のN響定期公演に於けるワーグナーブルッフそして何よりブルックナー/交響曲第8番の名演が記憶に新しいオランダの名匠エド・デ・ワールトがN響「第9」に登場するとの告知に接し、
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…やはり聴きにいくことに。

3年連続で年末の「第9」を聴くのは、10代前半から半ばにかけて家族で読売日響等の公演を聴きに行って以来です。

そんなこんなで12/23(月・祝)午後、NHKホールへ。
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果たして…チケットは完売とのこと。
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プログラムの巻頭に掲載されていたワールトのメッセージ「平和への願いを込めた「第9」」の末尾、「人間の気持ちを呼び覚ます」のくだりに眼を通していて、世界の現状を顧みるに胸を衝かれる想いがしました。

さて15:00開演。

第1楽章の提示部から展開部の前半にかけては少々オーケストラが響ききっていないようなもどかしさがありましたが、再現部冒頭のティンパニと低弦の嵐のようなトレモロを伴った第1主題の再現と、心の籠められた美しい第2主題の再現辺りから、ワールト&N響の調子は上向きに。
コーダ終盤のリタルダンドを伴う木管楽器の掛け合いを経た後、弦による "d-cis-c-h-b-a-h-cis" の音型のオスティナート上に築かれていくクライマックスが、オーケストラに少しも無理をさせていないのにppからffに到る迄長大なクレッシェンドを持続させ、壮大な迫力を以て終結した様に、ふと上述の昨年のブルックナー「第8」の名演の第1楽章展開部を思い起こしました。

続くスケルツォの第2楽章も、如何にもベートーヴェンのスケルツォらしい律動感に満ちながらも、幅広いデュナーミクの変化による壮大なスケールと緻密さをも兼ね備えた主部と、伸びやかさと美しさそして懐旧の情を呼び起こさせるかのようなトリオとの対比が見事でした。

心からの歌に満たされた第3楽章を経て…、いよいよ終楽章へ。

冒頭の嵐のようなファンファーレと低弦のレチタティーヴォに続く、前3楽章の回想とその否定のしみじみとした趣…。そしていよいよ「歓喜の主題」がチェロ&コントラバス、次いでヴィオラ&チェロ、ヴァイオリンそして総奏と受け継がれつつ高揚していく様は、前述の第1楽章の終結同様自然かつ壮大でした。
バリトン独唱(甲斐栄次郎)のレチタティーヴォに導かれ、合唱(国立音楽大学)、テノール(望月哲也)、アルト(加納悦子)そしてソプラノ独唱(中村恵理)が加わり、過不足なく音楽は進行していきましたが、テノール独唱と男声合唱による行進曲風の部分の後、暫し続くオーケストラのみの錯綜した箇所の緊迫感とその末尾に木管で現れる「歓喜の主題」の断片のそこはかとない哀感、それを契機に総奏に乗って高らかに合唱が歌い上げる「歓喜の主題」の輝かしさ、その直後の創造主に想いを馳せる部分の神秘性、いずれを取っても素晴らしく…。
そしてこの楽章の合唱が加わった部分の中で私が最も心惹かれる二重フーガの、壮麗さと崇高さには思わず涙腺が緩んでしまいました。
独唱陣の四重唱と合唱とによる部分を経て、最後のコーダに突入…。輝かしく圧倒的な素晴らしい終結でした。

冒頭記した「バイロイトの第9」は別格として、少なくとも実演での「第9」でここ迄心を動かされたのは、果たしていつ以来だったろうか…。
とは云ってもワールトは、誠実に作品に向き合って、当然のことを当たり前に但し徹底して行い、特段新奇なことをしていた訳ではないのですが。
前年のノリントンは古楽的アプローチの視点で「第9」に取り組み、それはそれで新鮮だったのですが、今回のワールトは現代に於ける極めてオーソドックスな演奏ながら、心に深く染み渡るものがありました。
これで…演奏中周囲の客席から、手荷物のファスナー等の開閉音がしばしば聞こえたり、次の楽章の開始間際迄喋り声が聞こえたり、斜め前の席の男児が第2楽章の途中で隣席の母親に話し掛けたり脚をゆすったり、よりによってあの美しい第3楽章第2主題の最中に鼻をかんだりさえしなければ、一層感動も深まったであろうものを。

2013年の私のコンサート通いはひとまずこれで終了ですが、ともあれこのような名演のもとに締め括って戴けたことに感謝。
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年明けは1/11(土)のN響第1772回定期公演(1月Cプロ定期2日目)が聴き初めとなる予定です。

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音楽界では今年も、ヴァイオリニストの潮田益子、作曲家の三善晃等、惜しい方が次々と亡くなりましたが、とりわけ私にとって大きな落胆だったのは、既に引退状態にあったとは云え…やはりサヴァリッシュの訃報でした。