日の塵:平和荘綺談-1

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「平和荘綺談」
   
 僕が高校を裏口卒業する時のことだ。入学も裏口だから卒業も裏口だ。裏口卒業するぐらいだから、僕は勉強が嫌いだった...というか生まれつき...僕は頭が悪かった。ロングロングアゴーの昔には“低脳児(ロー・ブレイン・チルドレン)”などと差別語になりそうな...あ、差別語なの? 大丈夫、あたしゃ差別してないから。だいたい、差別なんて相手を貶めようとして使う言葉でしょ? あたしゃ違う。当の本人だからさ。初めから貶められて生まれてきたんだよ。
 
 さて、“足りない”って学校の仲間や先生たちから馬鹿にされちゃってさ、危うくその筋の学級に転入されそうになったほどの低き知能指数であった。だからいつもエブリディ他人に馬鹿にされて大いに喜ばれたものだ。その高校生活も終わりが近づいたある日、高校の担任教師との進路相談に父親が呼ばれた。もちろん僕も一緒だ。今考えると阿呆みたいな相談だ。んなもんどうでもいいじゃねえかさ、適当で...。

 ほんとは高校に入るのも嫌だったのに、我慢して3年も行ってやったんだくらいに思ってた親不孝ものだったからな。さらにこれ以上、人に何か教える資格もない他人に、なにか教えられるのが本当に嫌でさ。で僕と父親は担任教師から「とても大学に行ける学力じゃないが、推薦入学で、いくつかの大学には入れるでしょう」って言われた。その推薦入学の候補大学が山梨のT文化大学と群馬県のJ大学の2校だった。僕の高校がN大付属(同じ敷地にN大の工学部があった)であったからN大学の芸術学部(東京にある)に入る事も出来たのだがその場合、とんでもないお金が必要なので父親は群馬県のJ大学に入れと言った。

 僕は「もう勉強したくない。大学なんかにゃ行かない。漫画家になるんだ」って拒否した。漫画家になりたいなんて言っても、ほんとは生まれつき漫画なんか描いたことなかったんだけど...駄目だった。ともかく漫画家への道は閉ざされた(笑)。父親は僕の知らぬ間に群馬のJ大学への推薦入学を決めてしまったのだった。今考えれば本当にありがたいことなんだが、当時は凄く父親を憎んだものだ。