日の塵:レース鳩 宇宙編

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 オレと穂田は本郷三丁目から丸の内線に乗って大塚に向かった。 約束の時間5分前に待ち合わせである大塚駅近くにある喫茶店に到着すると、岩橋はもう喫茶店の隅に陣取って、ぷかぷかとたばこをふかしていた。
 
 岩橋に会うのは3年ぶりだったが、相変わらず白のスリムジーンズにチンピラが着るようなトレーナーを着ていた。垢抜けない東北独特の白いけど赤ら顔な岩橋は3年前と全然変わっていなかった。で、オレも一緒にいることがわかると少し驚いたようだった。岩橋は穂田だけに話したい様子だった。
 
「あれ? 渡辺くんも一緒なのお?まあ、いいんじゃないのおお・・・穂田君さあ・・・今ネエ編集部が大変なんだよ。俺ら(第一期生・・・モー娘かおいらは?)が辞めてから、あの馬鹿社長(ケネイチ・石原)がさあ・・・馬鹿な奴を編集長代理にしちゃったもんだから大変なんだよ」
「ふうん・・・なんで大変なんすか?」穂田に言ってるのに無口な穂田のかわりにオレが聞いた。
「俺らが辞めてから社長が編集長やってたんだけど、あいつさあ・・・鳩の買い付けの合間に編集作業が入るもんだから、ヤになっちゃったんじゃないのお・・・。自分が大変なもんだから代わりの編集長を置こうとしてさ・・・。でもさあ、そうは言っても・・・あいつはそんなに働いてないんだけどねえ。だから、そいつ・・・砂田って言うおやじなんだけどさ。そいつを編集長代行にしちゃったんじゃないのおお・・・」
「そいつって・・・そいつは・・・代行は、どんな奴なんですか?」また穂田のかわりに俺が聞く。
「そいつはねえ・・・元々はプロのカメラマンなんだってんだけどさ、ま、オレはそいつの話は嘘だと思うけど・・・で、あいつは・・・そいつを気にいっちゃってさあ・・・」ん?あいつとかそいつとかこいつとか・・・区別できなくなってきた。
「あいつって誰でしたっけ?」
「だから言ってるじゃないのよ!石原社長のことでしょうよっ! で、こいつは編集のことなんか全然知らないのよ」
「こいつって・・・」
「カメラマンだよっ!す・な・だ・・・だよ」
「あ、そうすか・・・そうだったっけ?」穂田を見ると半分寝ているような顔をしてあらぬ方向を見ながらタバコを吸っていた。
それを見た岩橋は「いいんじゃないのおお!穂田くん・・・聞きなさいよ!」岩橋が赤ら顔をさらに赤くして怒った。
「え!聞いてますよ・・・寝てない」穂田はあくびをした。
「で、そいつ・・・ん?こいつ?・・・は、それがどうして編集長になったんですか?」俺が聞いた。
「一応、そいつは写真撮れるからあいつが気にいっちゃってさ・・・」
「そいつがあいつを気に入った・・・?そいつは社長で・・・あいつは・・・」
「だ・か・ら・・・砂田が写真取れるもんだから石原社長が気に入ったんじゃないのおお!」
「あ、了解!」って俺が返事すると、横に座っている穂田が何が面白いのか「けけけ・・・」って妙な笑い声で笑い出した。
「なあにがおかしいのよおお! ま、いいんじゃないのお!」怒って真っ赤な赤鬼みたいな顔に変色した岩橋は、チェリーの箱を胸ポケットから取り出した。そして、ぐしゃぐしゃにつぶれてしまったチェリーの箱から1本抜き出そうとした。
「あれ? く・・・くそ・・・」ってタバコがなかなか抜き出せないらしい。くっく・・・って言ってチェリーの箱と格闘しだした。どうやら1本も入っていない様子だった。どうせ、タバコをオレらにせびろうって魂胆だろう。本当にセコイ男だった。
「あ、僕・・・1本あげましょうか?」と穂田。
「あ・・・悪いなあ・・・いいのかぁい?もらっても?」
「いいですよ。1本くらいなら・・・」
「悪いんじゃないのお・・・」
「いいすよ・・・」
 長くなっちまったけど、要は「会社を辞めてから水商売をやっていたが失敗して金に困った」岩橋が、“借金の返済”を条件に再入社したのだが、第二期編集部には編集長代行の砂田がいた。砂田にしてみれば自分が編集長になるはずだったのに知らない岩橋が突然やってきて、編集長に納まったもんだから面白くない。さらに第二期編集部には砂田のほかにワタナベっていう若者がいて、こいつも若いくせにつるっぱげに近いハゲのくせに岩橋の言うことをきいてくれない・・・。
 第二期編集部は、以上のように険悪な雰囲気で・・・岩橋は編集長に納まったけど、働きづらい・・・から穂田くん助けてくれ・・・ときたもんだ。あ、ついでによかったら渡辺くんもおいで・・・って? でも、今思えば借金のために再入社して、自分が働きづらいからって、以前働いていた穂田を入れちゃおうというのが情けないね。 でも・・・その情けない誘いに乗っちゃったのが誰あろう・・・俺であった。本当に情けないのは俺であったのよ。家電ジャーナル社に入社して3ヶ月で辞めて「いいんじゃないのお」のとこに行っちゃうんだもん。で、また1年で・・・。