やっと秋めいてきましたね
なかなかブログを書けず日々過ごしておりましたが
久々にこれはまたひとつ腑におちたことがあった
ので書き留めておこうと思います
昨年からわたしは町内会長の役に当たり
今年度の2年目も
やっと後半を迎えることになりました
つい先日、区民大運動会が開催されました
町内会行事でビッグイベントの1つです
3年ぶりの開催でしたが
わたしの町内はご年配の方が多く
3年も間もあき競技に
事前参加エントリーする家庭もゼロでした
それでも当日参加の競技もありますし
町内会の応援スペースに町内会の名前が書いてある
旗を掲げゴザを敷いて町内会長としては
当日参加します
わたしの町内会は競技に出ることはなく
ただ他の町内の応援をするのみ
運動会の最後の商品が当たるくじ引きだけを楽しみに
参加しました
そんな誰も参加しないわたしの町内の応援席の
ゴザには町内ではご近所同士で揉めている
2家庭がやってきました
結局、運動会終了までに来たのはその2家族と
わたしの家族のみ、、、
賑やかな運動会なはずですが
わたし達のゴザの空間だけが浮いているようでした![]()
その家庭は弁護士さんを立てるほどこじれて
しまっていましたし
当初はわたしも変な正義感や義理人情みたいなもの
を発動しどちら側の意見も受け止め同じ気持ちにな
ろうと必死で揉め事の解決を探すため何が正しくて
どっちが悪くて真実は何かを突き止めようと好奇心
もあり首を突っ込みまくっていました
こんな運動会ってある?
あまりにもカオスすぎるこのゴザの図がだんだん
おもしろくもなってきました![]()
この1年半町内会長をやってみて感じたことですが
その家庭ごとに文化や思想があり外からでは全く
わからないことだらけ
家庭の数だけ人の数だけ考えがあって正解があって
まとめることは不可能ということです
みんなの話を真剣に聞いてみてわかったことです
みんなそれぞれの目線から見て感じている
何ひとつ間違ってもおかしくもなんともありませんでした
勝手な思い込みや期待や考えを他人に押し付けても
何にもならないこと
違うことを受け止め赦す
自分も他人も受け止め赦す
これしか解決の方法はありません
そんなカオスなゴザの上の隣人達でしたが
家から出て秋晴れの青空の下
初めて同じひとつのゴザの上に座り
目の前で賑やかな競技を音楽と共に眺めていくうちに
会話が生まれ普通に笑顔で話し出していました
横目でそんな2家族を見守っていました
今日のこのシュールな運動会を体験したのは
どういったメッセージだったのかなあと
万国旗がはためく空を見ながら思っていました
その数日後
たまたまテレビでニュース番組を見ていました
完全装備で現地取材をする
世界の裏側や闇の現場を取材するジャーナリストの
人が映っていました
緊迫した戦地からの取材現場と
東京のニュース番組をライブで繋ぐ映像です
状況を伝えながら現地取材するその男性の後ろを
ウーバーのような配達するバイク便の人が映り
そのすぐ直後犬の散歩をする男性が映ってました![]()
でもジャーナリストの人は
現地の人はこんな状況も日常になってしまっています!
と画面の向こうから伝えていました
わたしは現場に行かずただ自宅のソファーにすわり
それを見ているだけ実際の状況は知る由もない
ニュース番組の人はそれをとても危険な現場と
伝えても
犬の散歩している男性はどう思っているかは
わからない
こんなに酷いことが起こってます!
と伝えられてもそこに住む人や実際の
本人にしかわからない
遠く離れたわたしにはそれがどっちが悪いとか
正しいとか決められようもない
どちら側にも真実があって1つではない
一緒になってわかったつもりで
怒ったり悲しんだりするのは違う
ひとつの答えなんかあるはずがないから
ご近所ひとつとっても答えは1つではないんだから
まずは自分を認めて赦して
他人も認めて赦して
これだあ、、と運動会のゴザの上がここに繋がりました
まずは自分、家族、地域、日本、世界、宇宙、、、
ぜーんぶ一緒繋がってた
今見えてるもの全部答えだ
わたしの中にまだまだある二極化の権化
ごめんなさい
赦してね
ありがとう
愛してます!
みんなひとりひとりの集合意識が映像化されてるとしたら、、
ですよね
みんな安心して暮らせますように![]()
今日もここまで読み進んでくださり
ありがとうございました![]()
