ことわざ漫談噺
ことわざ落し話1~30
11「一富士二鷹三茄子」―その3―(3/3)
「手水場の夢では、縁起でもないと言うのか?」
「はい旦那さま。それは、暗くて、きたないところの夢だから」
「これ与助、分からぬか。なぁ、お前が話す夢が、きたない夢だったり、或いは面白くないと言って、お前の給金を削ったり、お前を苛めたりするほど、わしの尻の穴は小さいものではないぞ、これ、与助」
「ええ!何と、ひーゃ、尻の・・あ、穴ですか!」
「これ、ええ、どうした?その驚きようは、これ与助?」
「だって、尻の穴ですよ」
「ああ、尻の穴だ。これ与助、何を、そのように驚いているのだ?家督はなぁ、ああしてせがれに譲っても、縁居してこうしていても、磨きあげてきたこの度量はまだまだ健在そのものだ。ほれ見ろ、この逞しさはどんなもんだ。尻の穴だって、ワシはでっかいものだぞぅ、これ与助」
「いやぁ、旦那さま。尻の穴がでっかいなどとは初めて聞いた。こりゃ、また恐れいりました。それじゃ、これからこの与助が見たという、その夢を、お話しするだぁ」
「何?話す。妙な与助だ。しぶしぶその気になったと言うか、これ与助」
「はい。先ほど手水場と言いましたが、それじゃ、宜しいですね旦那さま」
「ああ良いとも。うむ、確かに聞いた。その手水場が、どうか致したか?」
「その夢なるは・・・実は、おらたちが使うその便所とは、旦那さまが綺麗な便所とは思われ言い難く、それは毎日のように掃除はするが、使用の頻度激しく、さらには仕事の忙しさも手伝って、その汚れも昼すぎあたりから目立ってくる」
「きたない便所か。うむ・・それは、夢、夢じゃなぁ、与助!」
「はい何度も申し上げるように、与助が見た、夢だ」
「おお、それなら良い。さぁ、続けて話せ与助」
「はい、この与助が便意をもようし、その厠に入って用を足していると、何処からともなく山吹色した小判を銜えた大きな蛇が現われ、その小判を隠そうと、この与助の足やふとももにからみつき、しきりと与助の尻の穴に入ろうとするのだ」
「何?これ、与助」
「はい。だから夢ですよ、旦那さま」
「小判を銜えた蛇が、その小判を隠そうとして、お前の、え!与助の尻の穴に入りたがって、太ももにからみついているという夢か」
「そうだよ、旦那さま」
「何という、恐ろしい夢じゃ、それは!」
「旦那さま、それは、それは恐ろしい夢で、おらが逃げようとしても、あんなに自由だった体が急に動かなくなるのだ」
「ほぅ!うむ、それは恐ろしく、実に珍しい夢だ!」
「それで、あっちへ行けと、手でシー、シーと追い払うのだが、その小判を銜えた蛇は一向に逃げようとせず、ますます尻の穴に迫ってくるのだ。それでよくよく辺りを見ると、薄きたねぇ厠の隅々には、小判を銜えた多くの蛇が、にょろにょろと動いているのだ。それで、気が付いて起きてみると、布団がびっしょり濡れて、小便をもらしたように濡れているのだ」
「何?布団が、小便をもらしたように濡れている?」
「おら、やっていねぇよ、旦那さま」
「これ与助、お前は、まだ寝小便をするのか!」
「だから違うって、それは蛇に絡まれて困ってでる油汗だ」
「これ与助、何をウソなど言う。それがなぁ、それが正夢というのだ」
「ええ!おらの寝小便?え、それが、正夢!」
「そうじゃ与助。大番頭たちが、一体どのような商いをしているのか、このわしが、しばらくその商いとやらを見定めねばならぬなぁ」
「え?大番頭さんの商い・・ですか?」
「ああ、大番頭たちが、小判をくわえた蛇にまつわりつかれ、尻の穴に入りたがって、年甲斐もなく寝小便をするようでは困るのだ」
「ええ?大番頭さんが、寝小便ですか?」
「ああ、それでは、困るから、何とかせにゃならぬと、今こうして心配するのだ」
「それじゃ聞きますが、旦那さまの、その夢とは、どのような夢ですか?」
「与助、今のなぁ、お前の その夢に、そっくりだ」
「えぇ!この与助?に似た夢だって!」
「ああ、困ったことになぁ、与助のその夢にそっくりだ。こりゃ、忙しくなるぞ、これ与助」
「え?忙しくなるって」
「夢蛇が仕事を運んできたのだ」
「それじゃ、旦那さま。それは良い夢ですか?」
「これまで見たこともない、良い夢だ」
「何だ?大人の夢は尻の穴に入りたがる蛇の夢を良い夢というのだから、分からんものだなぁ?」
「お前には、分からぬか?」
「だって、旦那さま。旦那さまが寝小便したといわれちゃ、どうするの?」
お後も宜しいようで、