ことわざ漫談噺
ことわざ落し話1~30
3「食うだけなら犬でも食う」―中編―(2/3)
「確かに旦那さんは、饅頭は飲み込んだか、と、さっきは俺等に言ったはずだ。だが、それは、俺等の聞き間違えか?ええと、確かに、カラスの鳴き声と一緒に聞こえたのだがなぁ?」
「何だぁ?カラスと一緒に聞こえた?」
「ええ、確かにカラスの鳴き声と一緒に聞こえたなぁ、こりゃ間違えか?」
「カラス、バカやろう。間違えか、ちまきか知らぬが、饅頭作りを真剣に習うとしないから、お前の頭の中で腹の空いたカラスが鳴いているように聞こえるのだ。頭の中でカラスが鳴くようでは、そうなりゃなぁ、もう、お前はお仕舞いだなぁ。俺の声とカラスの鳴き声と間違えるようでは、饅頭作りにはむかんなぁ。故郷に帰って、日が暮れたら山寺の鐘でもついているのが、お前にはピッタリだ」
「ええ?山寺の鐘つき!」
「ああ、お前には、それが似合う」
「そうかなぁ?確かに、さっきは腕だって、上がったかと聞こえたがなぁ?」
「これ万平」
「はい、旦那さま」
「お前の、その耳」
「ええ!おいらの、この耳でっかい?」
「そうだよ。その耳を良く掃除しろ」
「え!耳の掃除ですか?」
「ああ、耳の穴にひっからまっているほこりやごみをきれいに掃除するのだ。そいつが、おまえの脳みそを、危めているのだ」
「おらぁの、この耳はきれいなものだが、旦那さま」
「それじゃなぁ、聞くが、さっきは、誰がお前に腕を上げろといった。腕は上がったかと聞いたのだ」
「腕は上がったか?・・ですかい?」
「あたりめぇだ」
「そうでしたか、はい、分かりました、旦那さま」
「何、分かった。なあに、そのように分かれば良いのだ」
「俺等は修行の身ですから、例え、旦那さまが、饅頭を飲み込めと言えば、俺等は何時だって、飲み込むことはできる」
「何だとう、このやろう。まだ云っても、分からねぇのか!」
「わ、分かっていますよ、だ、旦那さま、はい」
「何!分かった」
「はい、旦那さま」
「返事は良いが、どうもその分かり方がお前は怪しいなぁ」
「あ、怪しくは、ありませんよ、旦那さま」
「万平のやつはどうも飲み込みが悪いから、何ぞ、どこか具合でも悪いのかと悩んでいりゃ、このザマだ。やっと、その原因もわかった。何を言っているのか分からないのと、飲み込みの悪いのがない交ぜになっていりゃ、その応えだってトンチンカンになるのは当たり前だなぁ。こりゃ、カラスの鳴き声と鳩の、あの鳴き声が一緒に聞こえるようなものだろう。腕はあがったかと聞けば、得意気に腕はいつでも上がると応えるから、俺はなぁ、この狭いところで、二人が乗ったこの舟をどっちに着けて良いか分からなくなるのだ」
「ああ、歳はとりたくねぇ。旦那さんはひとりでぶつぶつ言って、ねぇ、旦那さん、この万平はダメな男じゃ、ございませんよ」
「ああ、分かっている万平。そのようにがっかりするな」
「へぇ、ありがとうございます、旦那さま」
「だがなあ、饅頭は飲み込んじゃいけないよ。それじゃ饅頭がノドに痞えて死んでしまう、なぁ、それじゃ、困るというものだ」
「そりゃ旦那さま、へぇ、分かります」
「ええ、そうだろう万平。なぁ、何故困るかって、饅頭作りが、饅頭を飲み込んで死んじゃ、それじゃ世間さまの笑いものになる。それに、それじゃ、こっちの饅頭はさっぱり売れなくなる。売れない饅頭拵えて、どうする、なぁ、これ万平、分かるか」
「そりゃ、売れない饅頭作っちゃいけないなぁ、旦那さま」
「バカ、お前に、言ってんだよ。分からない奴だなぁ」
「大丈夫だ、旦那さま。おらぁ、覚悟ができている」
「何だ、ええ、その覚悟と言うのは?」
「へぇ旦那さま」
「これ万平、その覚悟とはどのようなことだと聞いているのだ?」
「饅頭作りが、いくら熱い饅頭だからと言って、饅頭をノドに痞えて、死ぬようなことは、俺等はしねぇや」
「何!熱い饅頭を飲み込んでも、死なねぇ?」
「そりゃそうです、旦那さま」
「こりゃ、たまげた。へぇ、なんぞ、元気が良いノドを持ったものだなぁ!」
「おいらは何時も、蒸篭から取り出した饅頭を、熱い時なんぞはそのまま熱い饅頭を飲んじゃうのですから、そんな心配などいらないのです」
「何!熱いままの饅頭を飲み込む!」
「そりゃそうです、旦那さん」
「バカだねぇ万平、やけどするじゃないか!」
「蒸篭から出したままの饅頭だから、そりゃ熱くて、手に持っていられなくなって、ポイと口の中に放り込んじゃうのです」
「そんな馬鹿な真似しちゃ、本当にやけどするじゃないか!」
「それが案外大丈夫なのですよ、旦那さま」
「バカ、何が大丈夫だ!子供がそのようなバカな真似をしたらどうする?」
「それが、不思議なもので、最初は熱くて、どんでんがえしをして、あばれ狂ったのですが、何と、この頃は、その熱さにも耐えるノドになりました。今は、たこノドになっています」
「何?たこのノド?!」
「へえ、たこです」
「バカ、何がタコノドだ。そんなの危なくて、見られたものじゃねぇや」
「それも、熟練とは、熱意の結果ですねぇ旦那さま」
「何、熟練とは熱意の結果だって?」
「そりゃそうですよ、旦那さま」
「おお、万平も、ダメなやつと思っていたら、随分と大人になったなぁ。わからねぇ言葉を並べやがって」
「饅頭は、ねぇ、熱いうちに食えばうまい。鉄は熱いうちに延ばせば伸びる、ですかねぇ、旦那さま」
「おお、鉄は熱いうちになどと、お前もいつの間にか生意気になって、へぇ!」
「だって、旦那さま」
「こら万平。旦那さま旦那さまと、黙って聞いていりゃ、調子にのりやがって、のぼせるな」
「だって、世間では、食うだけなら犬でも食うというじゃありませんか。その点、おいらはちゃんと、饅頭の美味さ加減までも、味わえるようになってきたのですよ、偉いじゃありませんか」
「何だ、饅頭の美味さ加減までも味わえるようになってきた。このやろうさっきまでウソつきやがって、何が腕は上がるだ」
「ほ、本当だから、ねぇ」
「それじゃ万平。さっきは饅頭の飲み方って、どうやるのですか、と、お前、確かに俺に聞いたな?」
「そりゃ旦那さま、おいらはまだ、冷めた饅頭は一度も飲み込んだ試しがないので教わろうとさっきは聞いたのですよ」
「これ万平、何遍もいうようだが、冷めた饅頭でも、熱い饅頭でも、ただいっきに飲み込んでは、その饅頭の心が、分からぬというものだ」
「え?饅頭の・・心ですか?」
「そうだ、饅頭のココロだ」
「へぇ、饅頭に、心があるのだ?」
「そんなことで、何驚いているのだ?」
「ええ!だって、饅頭に心があるのですよ?饅頭が生きているみたいじゃありませんか」
この後は後編でお楽しみください。