とこわざ漫談噺 | 源のブログ

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源のブログへようこそ。笑い話を書くことが好きです。ただ今「ことわざ漫談小話」等の笑い話しを創作発表しています。それに季節ごとの俳句や川柳も投稿しています。最近は「戯れ言」も書いています。作品名は画面右下側フリースペースをご覧ください。

ことわざ漫談噺

ことわざ落し話1~30

3「食うだけなら犬でも食う」―前編―(1/3)

 

秋らしくなってきました。すすきの穂もだんだんと白くなって、秋の匂いがそこまでやってきた感じがします。これからは日増しに、これまでの暑さから開放され、コオロギや鈴虫等の、その虫の音に心を奪われる季節になってまいりましょう。このような時に、またしても誠にばかばかしいお話しで恐縮ではございますが、秋の夜長のちょいとのお付き合いをお願い申し上げます。世間では「食うだけなら犬でも食う」などと申しまして、何もしないで、ただ食べるだけなら犬でもできるという諺があります。

万平の「粋な饅頭の、へそ饅頭」の巻きでございます。

これは高度成長期頃と言いますから、昭和四十五、六年頃のことです。処は、東京は麹町の西坂で営む饅頭屋のお話です。この饅頭屋は戦前から営み、戦後にあっては、その焼け野原から再び店を開き、これまでとおりの美味い饅頭だけをひたすら拵えては細々と暮らしている老夫婦がいました。それで、このお話しと言うのは、この老夫婦の饅頭屋で、饅頭作りを習いたいと、珍しく朝早くから饅頭作りを手伝っている「万平」という若僧なる者のお話であります。それでは参ります。

 

「これ、万平はおらぬか?」

「はい、万平ならここにおります、旦那さま」

「こことは、どこだ?へえ、これ、万平、何処だ?」

「はい、はい旦那さま、ここでございます」

「何だ、そのような狭いところで、何をしておる?」

「何も、していません。ただここにこうしているだけです」

「ところで、どうだい、ちょいとは腕があがったか?」

「そりゃ旦那さま、腕は、こうすりゃ何時だって上がります」

「な、何?あがった?ほう!」

「はい、旦那さま。これ、このとおり」

「うむ!こら万平。お前は何時からそのように耳が遠くなった?」

「ええ?耳が遠いですか!」

「そうじゃないか、わしの言っていることが、聞こえぬではないか?」

「旦那さま、俺等の耳は地獄耳ですから、言わぬ前から知ってますよ」

「何?万平の耳は地獄耳だとう!」

「へぇ、そうです。俺等のこの耳は地獄耳ですから、何でも聞こえます、旦那さま」

「地獄耳で何でも聞こえる。バカな、聞こえないくせに何が地獄耳だ。地獄の閻魔が聞いてあきれるわ」

「地獄の閻魔さまも底なしに聞こえすぎて、俺等と同じく時々困る時があるのです」

「こら、万平、良いから落ち着け」

「へぇ、さっきから落ち着いています」

「わしはなぁ、饅頭作りの要領は、飲み込めたか、と聞いているのだ。それを俺等の耳は地獄耳だとは、ええ、何たる事だ!」

「え?饅頭作りの要領をお聞きになったのですか。あ、いや旦那さま。そうだったのですか。うまい饅頭、あいや、そ、そのうまい饅頭の作り方は、まだです」

「何?何を喋っているのか、さっぱり聞こえぬ」

「はい、ですから、まだです」

「何だ?まだ飲み込めぬか!」

「はい、旦那さま、まだ飲んでいません」

「えらくのん気な奴だなぁ、お前は。そりゃなぁ、こっちの教え方も下手だから、なかなか飲み込めないのだろうよ。お前には悪いと思っているのだ」

「旦那さま、その饅頭の飲み方って、どうやるのですか?」

「なに?饅頭の飲み方!」

「そうですが。旦那さんは心配して、おいらに今、饅頭は飲んだかと聞いたではないですか?」

「そりゃなぁ、万平が覚えなきゃ心配だから聞いたのだ」

「覚えろと言われても、饅頭の飲み方はまだ教わっていませんよ」

「教わっていない?だが、ちょっと待てよ。こら万平、お前なぁ、お前のその考え、ちょっとおかしくわないか?」

「ええ?何処がおかしいですか?」

「何処がおかしいもへちまもあるか。饅頭作りが、何で、作った饅頭を飲み込まなきゃならないのだ?」

「旦那さま、そのへちまって、なんですか?」

「へちま?そんなの関係ねぇよ。今は饅頭を飲んだかの話しだ」

「そりゃ、旦那さんが美味い饅頭は飲み込んだかと心配するからですよ」

「万平、わしはなぁ、何時まで習ってもお前が覚えなきゃ、そりゃ心配と言ったのだ。何も作った饅頭を飲み込めなどとは一言も言っちゃいないぞ」

「え?そうですか??」

「そんなことはあたりめぇだ」

「どうも、この頃の旦那さんは、おかしいなぁ?」

「おかしい!バカ、おかしいのは、お前の方だ」

「だって旦那さんは、腕は上がるか、饅頭は飲んだかと、さっきから心配して、おいらに聞いていたではないですか」

「何だとう、腕は上がるか、饅頭は飲み込んだか?こら、誰がそのようなことを聞いた?しょうもねぇやろうだなぁ」

「え!確かに、そのように聞こえたのですがねぇ」

「聞こえもしねぇことを、この薄らトンカチやろうが。これ万平、饅頭はなぁ、歯で噛み砕いて、ベロで味わって食うものだ。誰が、饅頭を飲み込めなど、これまで一言もいっちゃいなぞ」

「え?そりゃ、おかしいなぁ?」

「何がおかしい、おかしいのはお前のその頭だ!」

「確かに旦那さんは、饅頭は飲み込んだか、と、さっきは俺等に言ったはずだ。だが、それは、俺等の聞き間違えか?ええと、確かに、カラスの鳴き声と一緒に聞こえたのだがなぁ?」

 

この後は中編でお楽しみください。