2月以来更新していませんでしたね!
というか、すっぱりブログなんて忘れてましたね!
熱を入れていた時代が私にもありました…
しかし今となっては見たくもない黒歴史の数々となりつつあります笑
ある意味、成長したということなのでしょうか。
さてさて成長で思い出したのですが。
そんなこんなでのらりくらりと現実逃避を繰り返す生活を続け、早くも7月となりました。
更新しなかった間に、いつの間にか成人しておりました。
自分の過去のブログを振り返って赤面する程度には年を取ったわけです笑
だからって別に消しませんけど。
成人といえば、様々な制限からの解放であると同時に、新たな、それも以前よりも断然強くなった制限に縛られるようになる時です。
今まで気にせずにいられた部分を気にしなくてはならない、そんな時期です。
世間一般ではよく「社会の一員である自覚を持って…」だとか「自分自身に責任を持って…」だとか言われていますが、正直なところ、まず成人したということに対して、さして実感もなければ自覚もできていません。
ただ単に節目の年を迎えた、という程度の認識です笑
本来これではいけないのかもしれません。だけど、私としては(ひねくれた考えではあると思いますが)、たかだか20年しか生きていない、それも世間をよく知らないような小娘が、20年生きてきたからと言って急に「責任を持て」「自覚を持て」などと言われたところで、「何をどうすれば、あなたたちが言うような自覚や責任を持っていることになるのか」なんて、わかりません、としか言いようがありません。
そもそも責任も自覚も、「成人だから」持たなくてはならないものではないと思います。
どちらかというと、生きていくのであれば、たとえ未成年だったとしてもそれは年齢に見合った「自覚」というものが必要であり、同時に行動に対する「責任」も持っているべきではないかと考えています。できていたかどうかは別として、少なくとも、私はそう考えて生きてきたつもりです。
成人したから自覚や責任を持ちなさい、ということではなく、成人を機にもう一度、自分が持っていると思っている自覚や責任について、もう一度見直しなさい。そういう方が、正しい言い方なのではないでしょうか。
未成年と成人の違いは、法によってより強く守られているか否か、という程度だろうと私は思っています。
子供だから許される、だとか、そういうことではなく。
やっていいことと悪いことの区別をきちんとつけること、自分の行動が誰かに影響を与えるということを理解すること、これは、年齢など関係なく大切なことです。こういう認識を、自覚ないしは責任、というのではないか、と私は考えています。
年を取るというのは逆らえない決まりであり、そしてきっと誰もが、節目を迎えたからと言っていきなり大人びることはできません。
今まで生きてきた中で身についた習慣、感覚、そして自分など、急に変えることなんてできませんよね。
きっと年を取ることを自覚する、ということも、同じなのだと思います。
私は成人した、という自覚が持てていません。
周りも同じように、同じだけ年を取っていくのだから、何かが急に変わるわけがないんです。
たとえそれが現実逃避だと言われても思われても、自分の中で準備が成されないのなら、それはほとんど無意味に近いと思います。
自分に甘いかな、とは思いますが、「自覚のある大人」になれるように、いろんなことを経験して体感して、
少しずつ近づけていけたらな、と思います。
長くなりましたが、今日はこのあたりで。