宮崎台~溝の口散歩 10月12日(土) | 東京散歩道

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「東京お散歩教室」主宰、小島信康が綴る身近な街の素敵発見探訪記。

お散歩ナビゲーター小島信康です。

 

今回は只今開催中の東京お散歩教室「第187回 宮崎台~溝の口散歩」の初日の様子を簡単にご紹介します。

 

出発は宮崎台駅から。

 

まずは、電車とバスの博物館へ。

 

 

電車とバスの博物館は、宮前区宮崎2丁目にある、東急電鉄創立60周年記念事業として、昭和57年(1982)に開館した、東急電鉄が運営する鉄道保存施設。

最寄駅は東急田園都市線宮崎台駅で、田園都市線の高架下に建物があります。

また、館内はバス関連の保存・展示もあり、それに加えて、電車やバスの運転が体験できる複数のシミュレーターを設置。

他にも音楽とダイナミックな映像に合わせてHOゲージの模型電車が走るパノラマシアターや自分の車両をジオラマで走らせることができるNゲージパークなどもあります。

 

電車とバスの博物館を見学後、溝の口駅まで電車移動。

 

 

溝の口駅に着いたところで、駅前にあるクリスピークリームドーナツ エトモ溝の口店でお買い物。

 

買い物が済んだところで、お散歩スタート。

溝口神社へ。

 

 

溝口神社は、高津区溝口2丁目に鎮座する、川崎の祈願所として崇敬を集める神社。

御祭神は天照皇大神と日本武尊です。

神社の創立年代は定かではありませんが、神社保存の棟札によれば、「宝永5年(1708)、武州橘樹郡稲毛領溝口村鎮守、赤城大明神の御造営を僧·修禅院日清が修行した」と記されている古社で、江戸時代まで神仏習合の神社として、溝口村の鎮守·赤城大明神と親しまれ、社名を赤城社と称していました。

そして、明治維新後、神仏分離の法により、溝口村(片町・上宿・中宿・下宿・六軒町・六番組)の総鎮守として祀るべく、新たに伊勢の神宮より御分霊を奉迎し、御祭神を改め、溝口神社と改称。

さらに明治6年(1873)、幣帛共進村社に指定されました。

 

溝口神社の次は、大山街道ふるさと館へ。

 

 

途中、レン ローカルスペシャリティファクトリー 溝の口に立ち寄って、おやつやお土産用のパンを購入。

 

 

大山街道ふるさと館は、高津区溝口3丁目にある、大山街道に関わる歴史・民俗等に関する資料や郷土にゆかりある人の美術、文学等の作品展示を行うとともに、市民に学習の場を提供し、市民の文化の発展に寄与するため、平成4年(1992)に設置された川崎市の施設。

展示室では、大山街道に関する展示など年4回の企画展を開催し、企画展以外の時期には、この地域の民俗・歴史等を紹介する常設展を行っています。

また、大山街道や高津地域に関わる歴史、文化に関わる講座や子どもたちの学びを支援する出前講座、地域の特色あるお店の技を学ぶ、まちのマイスター体験講座など様々な事業を実施。

他にも大小4つの部屋を貸し出しており、談話室ではウォーキングの休憩や短時間の打ち合わせなどができます。

 

大山街道ふるさと館で、企画展「懐かしい高津の風景」をガイドさんの解説を聞きながら見学した後は、おやつタイム。

 

 

溝口南公園で、事前に買っておいたドーナツやパンを頬張りました。

 

おやつタイムの次は、二ヶ領用水沿いを散策。

 

 

二ヶ領用水は、旧稲毛領と旧川崎領の二ヶ領の農地に水を引くために多摩川などを水源とした人工用水。

多摩区(上河原堰・宿河原堰)から幸区まで全長約32㎞あり、神奈川県下で最も古い用水で、完成は慶長16年(1611)。

工事は代官·小泉次太夫によるもので、それまでこの二ヶ領は水利事情が不便で、水田耕作による農業生産基盤が脆弱でしたが、二ヶ領用水の完成により、米の収穫量が飛躍的に伸びたと伝えられています。

それから100年あまり経た頃、欠損、荒廃が進んだ状況になりましたが、享保9年(1724)に川崎宿の名主·田中休愚によって全面改修工事が行われました。

そして、明治以降は横浜水道の開設などにより、飲料水、工業用水としても利用され、生活用水としても近年まで利用されました。

また、中野島から取り入れられた水は、紺屋前の堰に至り、ここから新田堀、高田堀、水車堀、東堀、鮒堀などに分かれて、登戸一帯の耕地を潤し、堰の名として残る「紺屋」は用水を利用した藍染め屋が近くにあったことに由来。

用水は現在も市北部では農業用水として、あるいは、環境用水として利用されています。

 

二ヶ領用水沿いを歩いた後は、久地円筒分水へ。

 

 

久地円筒分水は、高津区久地1丁目にある、二ヶ領用水の水を下流の各地域へ正確に分けるために造られた分水装置。

江戸時代、二ヶ領用水は多摩川から上河原堰及び宿河原堰の2箇所で取水されたのち、高津区久地で合流し、久地分量樋へ導かれ、そこで四つの堀(久地堀、六ヶ村堀、川崎堀、根方堀)に分水されていました。

久地分量樋は水門によって決められた水を分ける施設でしたが、正確な分水ができず、水量をめぐる水争いが絶えませんでした。

そこで、昭和16年(1941)、かつての久地分量樋のやや下流に円筒分水が造られました。

二ヶ領用水の水は、多摩川の支流·平瀬川の下を2本のコンクリート管で潜り、円筒分水の中央の円筒から噴き上がり、その外側の直径8mの円筒は、噴き上がって波立った水面の乱れを抑える整水壁の役割を果たしました。

さらにその外側にある直径16mの円筒の円周を4本の堀それぞれの灌漑面積に合わせた比率の長さ(川崎堀38.471m、六ヶ村堀2.702m、久地堀1.675m、根方堀7.415m)に仕切って、越流落下させることにより、流量が変化しても、各堀に一定の比率で分水されるようになりました。

これは当時としては、最も理想的かつ正確な自然分水装置の一つでした。

この久地円筒分水を設計したのは、当時、神奈川県の多摩川右岸農業水利改良事務所長であった平賀栄治(1892~1982)で、平賀は円筒分水の設計・建設と同時に、多摩川の支流で、大雨になると二ヶ領用水に流れ込んで洪水を引き起こしていた平瀬川の改修にも取り組みました。

平瀬川が多摩川へ流れるように流路を変更し、平瀬川と二ヶ領用水がぶつかる地点で、二ヶ領用水の水を平瀬川の下に潜らせ、上流から流下した用水が噴水のように噴き上げるのを利用したのが円筒分水です。

久地円筒分水は、その歴史的な重要性や全国に広がる初期の円筒分水の事例であることから、平成10年(1998)に国の登録有形文化財に登録されています。

 

 

初日は久地円筒分水をバックに記念写真。

皆さん、撮影ご協力有難うございました。

 

久地円筒分水の次は、久地神社へ。

 

 

久地神社は、高津区久地1丁目に鎮座する、天照大御神を御祭神として祀る、溝口神社の兼務社。

古くから溝口神社と兄弟神として信仰されてきた神社で、由緒は元禄時代(1688~1704)に久地の農民38戸によって祀られたのが起源といい、江戸時代は赤城社と呼ばれ、弁財天・毘沙門天がご神体として祀られていました。

そして、明治14年(1881)に村内の伊勢宮と富士浅間社を赤城社に合祀。

ご神体の弁財天・毘沙門天を淨元寺に遷し、久地神社と名を改め、伊勢宮の御祭神·天照大御神を主祭神としました。

なお、裏の崖にある半円形の凹みは、7世紀頃に造られた横穴墓の跡で、古くから祭祀の場であったことを示しています。

また、今日では宝くじの高額当選を願う人たちからも信仰されています。

 

久地神社の次は、淨元寺へ。

 

 

淨元寺は、高津区久地1丁目にある、秋興山と号し、三宝尊を本尊として祀る日蓮宗の寺院。

もとは永正3年(1506)に津田山の山中に創立された真言宗義興山真浄寺で、大永6年(1526)に池上本門寺9世·東照院日純が当地を巡錫した折に、その教化に触れ改宗。

さらに、享禄元年(1528)4月には伽藍が整えられ秋興山淨元寺と称しました。

そして、享保9年(1724)に現在地へ移遷。

享保10年(1725)には本堂を増築。

さらに、享保17年(1732)には庫裡が建造されました。

その後、35世·文浄院日修(中島豊山)の代に川崎大空襲に見舞われましたが、昭和36年(1961)に本堂が改築され寺観が復されました。

また、36世·文興院日豊(中島興一)は約50年に亘って住持を務め、現在の威容を整えました。

 

淨元寺の次は、宗隆寺へ。

 

 

宗隆寺は、高津区溝口2丁目にある、興林山と号し、三宝尊を本尊として祀る日蓮宗の寺院。

かつては天台宗の寺で本立寺と称していましたが、明応5年(1496)に日蓮宗に改宗されました。

改宗の経緯は、明応5年(1496)1月7日、地頭の階方新左衛門宗隆と本立寺住職の興林が異床同夢の奇瑞を体験し、ともに池上本門寺に詣で、興林は日蓮宗に改宗帰伏したといわれています。

そして、興林は寺号を宗隆寺、山号を興林山と改め、本門寺貫首·日調上人の弟子となり、日濃の名を賜り、今に至ったそうです。

なお、墓域には、益子焼の陶芸家として第1回の人間国宝に認定された濱田庄司の墓があり、またヤクルトスワローズの選手である村上宗隆の名前と同名であることから、ファンが御朱印を求めに訪れることでも知られています。

 

こんなふうに、あちこち巡って溝の口駅でお散歩は終了。

 

 

その後、有志のメンバーさんと居酒家 土間土間 溝の口店で懇親会を開いて、解散となりました。

 

ご参加くださいました皆様、誠に有難うございました。

 

それでは、またの機会にどうぞよろしくお願いいたします。

 

東京お散歩教室

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