前回に引き続き歌誌「冬雷」1月号の中で、私なりに特に心に残った
歌を抜粋してみました。鑑賞・評などと大それたものでは無く
私なりに選ばせていただいた理由を少々記させていただきます。
(☆新仮名遣い希望者)
ふるさとの農地が工場に変わりゆくこの悲しさを発展という
群馬 山 本 三 男☆
変わりゆく作者の故郷。
一面の農地が工場へと変貌を遂げているようだ。
自身の知る故郷の変貌を「この悲しさ」と述べた作者。
しかしながらそこに暮らす人々にとっては雇用の場である工場進出は願ってもないところ。
もちろん作者も自身のノスタルジアとは別にして「発展という」の結句からは、その
現実には理解を示してるように思う。
うた作る言葉浮かばず胃の辺り少し騒がし鉛筆を置く
大 野 茜 神奈川
作歌の取り掛かりの語に悩む作者。
そしてとうとう「胃の辺り少し騒がし」に至った。
そしてもう「鉛筆を置く」ほかより無かった模様だ。
確かに行き詰まりを感じた場合には、気分転換や間を置く事も必要に思う。
赤絨緞ふみて国会見学す外の音などとんと聞こえず
廣 野 恵 子☆
東京国会を見学した作者。
赤絨緞が印象的だったようだ。
そして「音などとんと聞こえず」という、その静けと。
今月の30首の拙歌の内容。
国会議事堂の裏側の様子を詠っている。
その内と外の内容の違いに個人的には興味を抱いた。
朝あさに楽しみたりし葉のみどりなくてパン焼く昨日のやうに
小 林 芳 枝 東京
連作に
夏の日を除けてくれたるゴーヤの葉台風ののち回復をせず
とある事から、「朝あさに楽しみたりし葉のみどりなくて」とは
台風で散ってしまったゴーヤの葉の事であろう。
一夜にして風景が変じてしまった窓の風景。
その中で変わらず朝に食すパンを焼く作者。
大いなる変化の中での変わらぬ朝の諸事に安定と静けさが漂っている。
花の名を忘れ人の名また忘れけふは植物図鑑などを取り出す
鷲 司 法 子 東京
「花の名を忘れ人の名また忘れ」と述べる作者。
今日は植物図鑑を取り出しての花の名前の確認だ。
「植物図鑑などを」の「など」には、忘れてしまった事項の確認に労をいとわない
作者の姿勢が窺える。
また上句の流れからは、忘れた事に対して卑屈にも不満とも感じず、単に調べれば
良い事というような、超然とした大らかな態度で対処しているように感じた。
この一首の中に高齢になっても心豊かに健全と生きる術が集積しているようにも感じられた。
