50回忌で思うこと

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こんにちは、青年会員の山本海祐です(^^ゞ

本年も残すところあと僅かになり、日々寒さも厳しくなりますが皆さまお元気でお過ごしでしょうか。

つい先日、私は母方の曾祖母の50回忌の法要に参列してきました。

一般的に年忌最後の弔い上げとすることが多いこの50回忌や33回忌の法要ですが、50回忌ほどにもなると法要に参列する方も故人と面識のない方や全く知らない方も多くなり、なかなか法要に参列することの意義を見いだせないものです。

私自身も最初は曾祖母の法要にあたり、あまり実感が持てないのが本音でした。

当日になり無事に法要も終わり、お斎の食事を頂いてる時

「大おばあちゃんはとってもこわかったよぉ、よく叱られたもんだ」など

叔父や叔母たちは曾祖母の昔話や思い出話で盛り上がり

しまいには、私の2歳の娘が

「大おばあちゃんにそっくりだわ」

とまでf(^^;

などなど、親戚一同であれこれと楽しく過ごしていくうちに

今まであまり知らなかった曾祖母の存在がとても身近に感じました。

でも改めて考えてみると、曾祖母がいたからこそ母がいて私がいる。

曾祖母は私にとって、とても大切な存在でした。

日蓮聖人もお手紙の中で、

『我が頭は父母の頭 我が十指は父母の十指 我が足は父母の足 我が口は父母の口なり。譬えば種子と菓子と身と影との如し。』

と仰られております。

私たちの身体や性格などはすべてご先祖さまから代々受け継がれたものです。

今ある命はご先祖さまから頂いた有難い命であると実感し、感謝の心を込めてご先祖さまをご供養することが大切だと思います。

皆さまも法要などに参列される際、そのような思いで合掌して頂けたら嬉しく思います。