大人になってからも帰省すれば必ず一度は行ってしまう大好きな宮交シティ。 | みやざきのコト

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宮崎県で生活していた頃の記憶や帰省した時のコトなど宮崎に関するコトの備忘録。宮崎観光の参考に、昔の宮崎を懐かしむきっかけにでもなれば幸いです。

宮交シティ。

 

昭和の頃の宮交シティは令和のイオンモール宮崎並みに買い物客が訪れていたんじゃないかなと思うくらい、日曜日の午後だと周辺の駐車場も満車に近いレベルで、父が車を駐車するために空いている駐車スペースを探し回ったりするほど賑わっていように記憶しています。

 

昭和の頃の宮交シティはイオンではなくダイエーでした。

 

物凄く覚えているのは、私が小学生くらいの頃にはダイエー(今のイオン)がある1階の奥の方にうどん屋さんが入っていたんですよね。

 

私は子供の頃にあんまりうどんが好きではなかったのですが、このダイエーに入っていたうどん屋さんの釜揚げうどんは大好きでした。

 

ダイエーに入っていたうどん屋さんはたぶん中学生くらいの頃にはもうなくなったんじゃなかったかな。

 

中学生くらいの頃には確か2階に入っていた京風らーめんが美味しいと感じて、両親、特に母親はうどんが好きでラーメンは好きじゃなかったけど、何度か無理言ってお昼に京風らーめんを食べましたね。

 

小学生の頃はダイエーのうどん屋さんの釜揚げうどんが一番好きだったし、中学生の頃は京風らーめんの味が目新しくて美味しくて好きでした。

 

あと宮交シティだと南宮崎駅側の2階か3階にあったゲームコーナーと遊園地にあるようなアトラクションが大好きでしたね。

 

ゲームコーナーはコインゲームとか小さい子向けの乗り物とかがあって、南駅通りの壁側に西部劇の作り物があって、光線銃で標的を光らせると、缶が弧を描いて飛んだりしたりするアトラクションがありました。

 

そこから階段を上がると今でも遊園地にあるところにはあるロックンロールという前後に回転する遊具に近い形状をした、銀色で円筒形の乗り物に乗って、壁沿いにあるレールの上を進むというアトラクションも好きでした。

 

乗り物にはナレーションが流れていて、レール上に設置されたドアが開いたり、宇宙旅行をしたような演出じゃなかったかな。

 

小学生の頃はここでよく遊びましたね。

 

中高生になると、アポロの泉の裏というか1階にあった書店やそのすぐ近くにあったレコード店とかは宮交シティへ行くと必ず行っていたように覚えてます。

 

大人になってからも帰省すると、必ず1度は宮交シティへ行くんですよね。

 

母などは「宮交シティに行こう」と言ったり「日南に帰ってくる前にちょっと宮交シティ寄ってきた」とか言うと、「宮交シティに行ってなんすって?」とか「宮交シティになんかあんな?」とか言うのですが、「昭和の頃の思い出があるの」と毎回返答してました。

 

367号線から宮交シティの立体駐車場へ駐車しようとすれば、あのグルグルと周る坂の細さやセンターの鉄の棒とか昭和のままで懐かしい。

 

屋上の駐車場とかもそのままだから、ふと子供の頃の懐かしさが甦ってくるんですよね。

 

昭和の頃は確か今はイオンがある側の2階って確か駐車場でしたよね。

 

かなりうろ覚えですが昭和の頃は2階が家電売り場だったかで、そこから駐車場に出入りできたような記憶があります。

 

あとアポロの泉のエスカレーターを2階にあがると喫茶スペースがあったような。

 

3階に玩具売場とかもあったような気がするのですが、すべてうろ覚えなんですよね。

 

宮交シティのホームページをチェックしたら、「宮交シティ50年を振り返る懐かしの写真集」で昔の画像がフィルム状で掲載されていましたが、ホームページで昔の写真を大きく見られるページとか作ってもらいたいなぁ。