4月1日から、トヨタは役員体制を大幅に変更し、階級の階層を減らしてシンプル化する。具体的には従来の「副社長」を廃止して、役員級を「執行役員」にほぼ一本化する予定だ。一見狙いが分かりにくい人事制度改革だが、実は骨太な方針に沿ったものだ。まずはこの10年間のトヨタの人事制度改革を振り返るところから今回の刷新を考えてみたい。
コンパクト化の理由
さて、表はトヨタの2011年からの人事領域での取り組みをまとめたものだ。今回の役員体制変更のリリースの一部である。
時系列を追っていくと、何を意図しているかがだんだん分かってくる。まずは11年1月に取締役の人数を減らした。ついで13年4月にはビジネスユニットを設置、併せて地域本部を再編している。
これは明らかに意思決定のシステムの改革だ。企業は大きくなると縛りが多くなる。例えば伝言ゲームを思い出してほしい。人づてにメッセージを伝言で回していく間に、いつの間にか内容が変わってしまう。企業の内部でそんなことが起こったら大変だ。だから伝言を文書にしなければならなくなる。聞いてすぐ書く。しかしそれでも間違いは起きるだろう。
とすればどうするか、5W1Hのマスを用意して埋める形式で書くようにすれば間違いが減る。しかし文章は常に全部のマスが埋まるとは限らない。空欄があったら突き返す方式では機能しない。だが、空欄をノーチェックで回していいのか? そのために5W1Hに加えて、埋まっているマスの数も書き加えるようにする。
という具合に人の作業のミスをシステムでケアしようと思うと、システムはどんどん重たくなっていく。そしてたった1文のメッセージを伝えるのに、何十人という人が関わり、それらの中でさらに階層的に承認メカニズムが作動するようになれば、もう仕事は何も進まない。ビジネスの速度がどんどん落ちていってしまう。
だからトヨタはまず役員の人数を削った。11年までの27人を11人に減らした。それは27のチェックポイントの16を廃止して11に減らしたのではなく、チェックポイントを整理統合して、27のチェックを11人に割り振りなおしたのだ。平均すれば1人あたりのチェックポイントは2.45に増えたということになるが、同一人物の中での複数の摺(す)り合わせは簡単にできる。結局、チェックポイントごとに専用の部署があるような体制が速度を削ぐのだ。意思決定メンバーのコンパクト化、それこそがビジネスユニット設置の目的だと考えられる。
摺り合わせ調整を順列組み合わせの数だと考えると、実感的に分かりやすいかもしれない。取締役の人数の階乗と考えることができるからだ。
参考までに書いておくと、27の階乗(つまり27×26×25×……と1まで掛けた数)は約11穣。正直単位が分からない。調べたら兆の上は、京(けい)→垓(がい)→抒(じょ)→穣(じょう)だそうで、垓まではかろうじて知っていたがその上は聞いたことも無い。ベタ打ちするとこうなる。
10,888,869,450,418,352,160,768,000,000(29ケタ)
対して11の階乗はどうなるか。こちらは4000万ほどで済んでしまう。
39,916.800(8ケタ)
実はこの後副社長4人体制を挟んで現在の6人体制となっているのだが、6の階乗はといえば、たった720なのだ。つまり組織のコンパクト化は、とんでもなく意思決定の速度を速める可能性があるのだ。
組織の柔軟性改革
15年4月にはその役員の仕事を時間軸で分解した。副社長は中長期視点で経営の意思決定を行うとともに、そういうビジョンと、現実に執行される実務がちゃんと整合しているかを監督する執行監督の役割を担うようになった。
流れとしては分割統治というか、織田信長軍の方面司令官制度のように、トップが権限を委譲することで、社長の補佐どころか、経営そのものの責任をどんどん増やされていく。このあたり、副社長級への責任と業務負担の増加は本当に容赦がない。その他の役員は具体的な業務の執行に当たることになる。
16年4月には非常に大きな変更が行われた。基礎開発、製品開発、生産技術開発……のように機能軸で分かれていたビジネスユニットを、製品軸に分け直した。例えば販売ひとつを取っても、パッソとクラウンでは売り方が違うし売れる地域も違う。
旧来はそれを「販売のプロだから」と見なされて、本社の大本営で、全国各地の販売作戦を立案させてきた。販売を統括する部署であれば、地域ごとの販売店を平等に扱わなければならない。トヨタの基本思想では、第1はお客様、第2は販売店、メーカーは3番目に過ぎない。そういうスタンスが世に「販売のトヨタ」といわしめてきたのだが、もうそんな粗雑なメッシュでは販売戦略が機能しない。
例えば都内のように、そこら中に輸入車ディーラーがある地域と、県内に数えるほどしかない地域では、輸入車との競合状態は違う。クラウンならそこで輸入車を意識する必要があるだろうが、パッソだったら関係ない。
そう考えると、2要素のマトリックスになってくるはずだ。「車種ごと✕地域ごと」。全国一律の考え方で決められるはずもないし、現地現物を見ないで大本営でデータだけ見て決めていてはダメだ。だから担当を各地域に分散させる方向に変わったのだ。トヨタのオペレーションは「値引きで売る」でも「値引きをしない」でもなく、車種と地域ごとに細かくどこまで値引くかを最前線で見極め、つねに最低限の値引きで勝ちを収める戦略だ。その結果、第三四半期決算で利益率をさらに押し上げてきた。決算資料の説明には「諸費用低減の努力」としか理由が書かれていないが、バックグラウンドにはそういう緻密なオペレーションがあっての話なのだ。
販売だけではない。あらゆるフェイズで、クラウンにはクラウンの、パッソにはパッソの決め方があるはずだ。そして緻密なオペレーションを進めるためには今のラインアップは数が多すぎる。トヨタが発表している車種の削減は緻密なオペレーションでカバーできるところまで、車種を減らしたいという話なのだと思う。
となると、機能別ではなく製品軸ごとに組織を分け直すべきだ。それこそがカンパニー制へ移行した理由である。そしてそれはトヨタの原則のひとつである現地現物主義への回帰でもあるのだ。全国の傾向にまとめられてしまう前の生のデータ、つまりその地域では何が求められているかを商品企画にフィードバックできる。
17年にはそれぞれの役割の明確化とともに、さらに人数を削った。減らすことは手段であって目的ではない。意思決定の速度をいかに上げるかが重要であり、その手段が人数の削減なのだ。
18年には社外から高度な専門性を持つ人材の拡大登用を始めた。CASEへの対応を考えると、社内で純粋培養して幹部を育てるだけでは間に合わない。外部から人材を求めて登用することで、そうした人材を補っていく必要がある。
また併せて副社長の役割を追加した。従来社長の補佐として経営に参加し、実務の進行を監査していたが、本部長としてこの実務の現場を直接指揮することも求められるようになった。
フラット化人事の意味するところ
そして18年。今度は副社長を廃止し、役員全てをフラットな構成に変えた。これの意味するところは何か?
過去に行ってきた改革の延長線にその目的は必ずある。主軸は組織のコンパクト化だが、もうひとつマーケットの変化に対して追従性の高い柔軟な組織ということがある。例えば18年の外部人材登用の拡大などはその文脈にある。トヨタ自動車37万人の中で取締役に上り詰めるのはまあ尋常なことではない。それは全ての社員の希望であり、モチベーションだ。その貴重な椅子はコンパクト化でどんどん減っている。加えて、外部から来た人間にさらわれるとなれば反発もまた大変なことだろう。
しかし、それを重視していては戦いに勝てない。過去に戻ってプログラムや画像処理やビッグデータの専門家を20年掛けて育てる方法がない以上、外部から連れてくる以外にない。だからおそらくは断腸の思いでそれを決めた。それは実務がそういう人材を必要としているという現実に柔軟に対応する手段である。
役員の中に副社長だ常務だ専務だ平取だという序列があると、迫り来る現実への対応にいちいち肩書きや席次のすり合わせが必要になる。そしてそんなことをしていては勝てないのだ。
だから全てフラットにして、どんな状況でも最適な人材を最適な場所に配置できる柔軟さが求められる。状況に応じて最適なプロジェクトチームを結成し、最も適任な者がリーダーシップを取り、最速でプロジェクトを回す。
トヨタは、18年1月にトヨタ生産方式(TPS)を事務職にも取り入れるために、TPS本部を設立した。そのひとつの象徴が「ホワイトカラー7つの無駄」だ。
1. 会議の無駄
2. 資料の無駄
3. 根回しの無駄
4. 調整の無駄
5. 上司のプライドの無駄
6. まんねりの無駄
7. 「ごっこ」の無駄
11年からの改革を見ると、すべてこの原則に則っていることがわかる。
組織のスリム化や役員の削減、ビジネスユニットの設置やカンパニー制の導入は1から4の無駄の排除だし、高度な専門性を持つ人材の拡大登用は5と7に該当するだろう。そして今回の役員のフラット化もまた、「ごっこ」の無駄の排除である。役職が下だと上を使いにくいなどという話は、豊田章男社長が言う「生きるか死ぬかの瀬戸際」、あるいは「100年に一度の改革」の前で拘(こだわ)るような話ではない。
トヨタは今、徹底して戦う組織を目指し、そのためにはつまらないプライドを捨てることを求めている。そして全ての原理原則はTPSなのだ。トヨタの本尊はTPSであり、そこにトヨタらしさがある。
豊田社長の次の言葉で、この記事を締めたいと思う。
トヨタが継承してきた良いところは一層強化し、充実していく。一方、これまでの悪い慣習は、私の代で一気にやめて、『トヨタらしさ』を取り戻す。それをしなければ、次世代にタスキをつなぐことはできないというのが私の正直な気持ちです。
これまでも役員人事や組織改正については、「適材適所」の考え方に基づき、従来の慣例にとらわれることなく、柔軟に実施してまいりました。
今回の体制変更についても、さらに階層を減らすことによって、私自身が、次世代のリーダーたちと直接会話をし、一緒に悩む時間を増やすべきと判断いたしました。
次世代のために、今、私がやらなければならないことは、何よりも『トヨタらしさ』を取り戻すことだと思っております。
(ITmedia ビジネスオンライン 記事 参照)