facebook,twitter,google+など、いわゆるソーシャルと呼ばれるものを始めて丸半年になった。
美味しいそうなランチの画像や、愛くるしい動物たちの画像のシェアには癒されるが、どうもこのソーシャルメディアは重い話題が苦手なツールのようだ。と、言うよりそれが当たり前なのかもしれない。人間は誰でも楽しく過ごしたいし、気まずい話題は避けたいものだ。当たり障りのない話題は果てしなくどこまでも当たり障りない。

私は3.11以降、少なからず考え方が変わった。いや、あの地獄のような惨劇を見せられ、変わらされたのだと思う。人間は忘れていく生き物だ。時が経つにつれ東北のことも誰も思い出さなくなってきている。未だ我が家を失い、故郷から遠く離れた場所で、場合によっては家族が離れ離れのケースもある。人間ですらこの状態なのだ。置き去りにされた動物たちはさらに悲惨で、鎖につながれたまま餓死したり、空腹の余り馬小屋から必死に逃げようとして足が傷だらけになって横たわり死んでいった馬など挙げればきりがない。

私は自身の働く施設のホームページで、動物の生死に触れて「死も大事だが、生はそれよりも大事」と書いた。結局どのように扱われどのように死んだのか…。生の意味が死の意味なのだと私は感じるからだ。震災にあった動物も悲惨だが、人間の身勝手な感情で、都合で捨てられ、今でも全国の保健所では年間数十万の殺処分が行なわれている、これは助けられなかった命ではないはずだ。

facebookは基本的に実名制だ。時には嫌な思いもするであろう、里親探しの動物たちの画像シェアなど地道な活動をされておられる方々には頭が下がる思いだ。私もまず一歩踏み出してみようと思った。永田町や霞ヶ関からはよく見えないらしいが、確実に地に足をつけ、懸命に生きようとする動物たちがいる。それを支えようとしている人達がいる。それは紛れもなく“生として生けるもの”の叫びだ。手伝いとはおこがましいが、このプロジェクトがきっかけとなって、大切な命が救われることを願う。

■JOAP~慈愛の丘アニマルプロジェクト~のページ
 http://myoenji.jp/cgi-bin/bbs46/bbs46.cgi
 
島津日新公いろは歌…そ


そしるにも 二つあるべし 大方は 主人のために なる物としれ

※部下が上司に対して苦言を呈する時には、大体が上司を思ってのことだと知りなさい。

    耳を傾けて反省してみてるがいい。


 

そうです、年を重ねるほど難しくなることですよね?

人間には「我」という物が根付いてしまいます。

YESマンだらけのブレーンでなくて良かったと、素直に感謝すべきなのでしょう。