売れないアラサータレント“おかえり"こと丘えりか。唯一のレギュラー番組「ちょびっ旅」が打ち切られ、がけっぷちに。そこで明日を生きるために始めたのが「旅行代理業」。旅に行きたいけれど行けない人の代わりに現地へ赴き、”おかえり”がリポートしてくれるというもの。もう一度見たいあの風景、もう二度と帰れない故郷。さまざまな事情を抱えた依頼主のために”おかえり”は今日も日本各地を飛び回ります。


 

 

 

原田マハさんの作品はアート小説以外読んだことがなかったので、今回はじめて”それ以外”に挑戦してみました。最初はとても読みやすくて、ちょっと瀬尾まいこさんふうのキュートな作品だな~とホッコリしていたのですが、途中から泣けてくる泣けてくる。気がつくとその人情あふれる物語の虜になっていました。マハ・マジックおそるべし。

 

まず主人公が売れないタレントというのが面白いです。土曜日に三十分くらい放送している旅番組でしか見かけないタレントというのもリアル。こういうタレントさんってどうやって生活しているんだろう?この番組がなくなったら仕事がないのでは?なんて余計なことをついつい考えちゃうものです。

 

まぁその疑問に答えてくれたのが、”おかえり”こと丘えりか(芸名)なのですが(笑)彼女はスポンサーを怒らせて番組を失い、ほぼ無職になってしまいます。彼女が所属する「よろずやプロ」は、所属タレントが丘えりか一人という弱小事務所。社員も社長と副社長(とえりかの)三人のみ。つまり”おかえり”が「ちょびっ旅」を打ち切られたら、事務所ごと廃業に追われる超緊急事態というわけです。

 

しかし”おかえり”にはコアなファンがいるのも事実。突然の番組終了に嘆く視聴者も多く、ある日「個人的におかえりさんに旅行を依頼したい」という人が現れます。その人物は華道「鵜野流」の家元の奥様で、長年「ちょびっ旅」の大ファンだったと語ります。奥様には真与さんという一人娘がおり、昔から後継ぎにするための英才教育として、夫婦は全国各地の美しい景色を見せに旅をさせてきたとのこと。しかし、真与さんは29歳のときにALSを発症し、まもなく自発呼吸ができなくなる段階にきているのにもかかわらず、人工呼吸器をつけることを拒否しているそうで・・

 

すっかり生きる希望を失ってしまった真与さんに何とか前向きになってほしい。そう思った奥様は、旅好きな娘の代わりに”おかえり”に旅行に行ってほしいと依頼したのです。「旅行が大好きで、おかえりさんに憧れていた真与。けれども唯一の楽しみだった番組まで終了し、とてもショックを受けています」と・・・

 

「昔、家族で見に行ったけれど悪天候で見られなかったしだれ桜を、おかえりさんに代わりに見て来てもらいリポートしてほしい」

 

お金はいくらでも出すという奥様に、廃業寸前の社長とタレント生命がけっぷちのえりかはすがりたくなりますが、イマイチ業務内容がつかめず、依頼主の期待に応えられる自信がありません。ただ、「おかえりさんにあのとき見られなかったさくらを撮ってきてもらったら真与は生きる希望を持つかもしれない」「もう呼吸ができなくなるまで時間がない」と言われると居ても立っても居られなくなり―

 

こうして”おかえり”は真与さんのためだけに「ちょびっ旅」を復活させ、代理旅行を請け負います。”自分が素敵なリポートを届ければ真与さんも再び旅に出たいと思い生きる希望を見出してくれるかもしれない”今までスタッフたちがいて成り立っていた番組制作をすべて一人で撮影して回るのは一苦労でしたが、大勢の人の協力もあり、おかえりは最高の旅番組を完成させます。

 

あまりにも感動したVTRだったので、ちょっとその一部始終を紹介させてください。

 

今回、旅をしてみて、気づいたことがあります。なつかしくて美しい風景、ささやかだけどあったかい出会いがあるから、旅に出たいと思う。そして、「いってらっしゃい」と送り出してくれて、「おかえり」と迎えてくれる誰かがいるから、旅は完結するんだ。そんなふうに思いました。この旅は、真与さん、あなたがいたから、できました。「いってらっしゃい」と送り出してくれて、「おかえり」と迎えてくれる。だからこそ、私、旅人になれました。今度は、私が、そうしてあげたい。真与さん、あなたに「いってらっしゃい」と「おかえり」を、心をこめて言ってあげたい。(略)真与さん。生きて、どんどん生きて、旅へいってらっしゃい。大好きな人と、青空の下、満開の桜の下、生きて、笑って、旅をしてください。私は今日、旅をしました。あなたがもう一度旅立つ日のために。(P139~140)

 

”おかえり”は旅先で出会った人たちから真与さんへ向けてのメッセージをたくさん受け取ります。「真与さん遊びにおいで」「いつでも大歓迎です」「待ってます」と。この成果物には奥様も真与さんも大喜びしてくれ、結果、真与さんは人工呼吸器をつけることにし、再び生きる希望を持ってくれました。

 

めでたし、めでたし。

 

 

ではなく、実はこれはまだまだ序章なんです。おかえりの物語はここからが本番。ひょんなことから依頼されたこの旅行代理業を社長は今後もビジネスにしたらどうかと言い出します。特に仕事もないえりかはそれを受け、さまざまな場所へ旅行します。後半は旅行代理業が軌道に乗り出したある日、突然現れたビッグな依頼主からのトンデモ案件を受けるかどうか悩むえりかの姿が描かれています。

 

実はこの依頼主、「ちょびっ旅」の打ち切りにも深くかかわっている人物で・・・。しかも社長との過去にも繋がっているようで何だかあやしい雲行きに。そんなことも知らないえりかは良かれと思い勝手なことをして周囲を大混乱させてしまいます。一体”おかえり”はどうなるのでしょう。よろずやプロの将来は?番組の復活は?

 

それはぜひ直接本書でご確認ください。

 

アート小説ではないものの、途中和紙職人が登場するシーンなんかではやはり芸術家マハが隠しきれていません(笑)ほんのちょっと「リーチ先生」を思い浮かべる場面もありました。日本のなつかしい風景、人情、なぜか泣きたくなるような故郷の空気。旅っていいな。「おかえり」って言われたいな。そんな癒しと感動の両方が堪能できる一冊でした。