週刊新潮(4月6日号)の記事を受けまして。 | VIVA! 鎌倉!

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はじめまして!プロ市民ではありません!「VIVA!鎌倉」というタイトルでブログを書きます!鎌倉が大好き!鎌倉のLOCOさんも最高!なのに。。。鎌倉にも闇もありました。そんなことも書こうと思っています。不快になる方は是非避けて素通りしてくださいませ。

 各位へ


2023年3月30日(4月6日)週刊新潮

の記事をうけまして。

 

「鎌倉には戦後のどさくさにまぎれて

続いてきた施設があり、あの一帯

もそう。後世の人たちが苦労しない

ように、ここでちゃんと区切りを

つけようと言うのが私の方針です。

行政の持ち物。公平、公正な目で

みると、あそこを独占的に毎年更新

していると言うこと自体が、あまり

いい状況じゃありません」

 

2023年3月30日(4月6日号)週刊新潮での

松尾市長のコメントです。

「あまり良い状況ではない」と松尾市長が

言っている「鎌倉市海浜公園坂ノ下地区」

は、以前から”不正の温床”と言う噂を耳

にしたことがありました。

が、まさかそれに”Venus Cafe”が

それに該当するとは。。。とても怒りを

禁じ得ません。

 

そもそもVenus Cafeが建つこの土地は、

昭和24年に当時全国第二位の大地主で

あった斉藤養之助氏により「鎌倉の

進展は文化観光諸設備の充実にある」

との信念から埋立地だった坂ノ下

地区の内一部(一万坪)を無償で

寄与されたものです。

 

1955年(昭和30年)東洋一を誇る

市営プールを建設し、鎌倉で行われた

10回国民体育大会夏季大会

水泳競技が挙行され、会場の

オフィシャル(公式)なレストハウス

として誕生したのが今の

Venus Cafeになります。

はっきり申し上げます。戦後の

どさくさに紛れて開業した店

ではありません。

当時の資料を見ると、レストハウスは

当時所有していたKO氏が自己資金で

レストハウスを建て、のちに(大会後)

その建物を鎌倉市へ寄付したと

記されています。

 

ご存知ない方が多いと思いますが、

鎌倉海浜公園坂ノ下地区には、

幾つもの施設が存在しています。

ホテル、特養施設、マンション、

住宅等。「鎌倉パークホテル」

もそのひとつです。公園の敷地

の中です。こちらのホテルは、

元々は「鎌倉水族館」でした。

1947年に横須賀で進駐軍相手の

商売(ご想像にお任せします)

をしていたK氏一族が「鎌倉には

文化的な施設が無い」という

ことで、1947年に日本水産観光

株式会社という会社をこの地に

設立し「鎌倉水族館」を開館

させたのです。


その後、江ノ島水族館の登場で

経営は上手くいかず、わずか6年で

閉館。しばらくは、サーフボード 製造

する若者が建物を使っていた

そうなのですが、不審火により建物は

焼失。その後、横須賀のO氏と

言う人物が、日本水産観光を買収。

そして跡地に突如として「鎌倉パーク

ホテル」が出現したのです。

 

話はそれましたが、Venus Cafeは、

創業(前経営陣含む)から今まで、

すべて自己資金で経営をしてきました。

間違っても鎌倉市の土地の上に自分

名義の建物を登記したり銀行融資

を受けたりしておりません。私どもは、

一円たりとも鎌倉市に負担をさせた

ことは無いのです。また、松尾市長

が指摘する「あまりいい状況ではない」

に反論する訳ではありませんが、

我々はこの海浜公園地区に建つ施設

の中で一番高額な地代や家賃を

払わされてきています。

情報開示請求してわかりました。

何度も市とは地代家賃の交渉

をしたいと再三打診をしてきましたが、

回答すらありませんでした。

 

松尾市長は「公平、公正な目で

みると、あそこを独占的に毎年更新

していること自体があまりいい状況

でない」とおしゃっていますが、

毎回申請の更新の際は、必ず白紙の

申請書が送られてきます。それに

弊社の印鑑を捺印し役所へ返送

します。受理された「許可申請書」

には、毎回無理難題の決め事が記載

されて返送されてきました。

何度も「もう商売が成り立たない」

と挫折しそうになりましたが、

先代の想いがあるので必死で歯を

食いしばって今日までやってきた

のです。細かい話をしてしまえば、

街灯も無い、トイレも無い、ベンチ

やテーブルも無い、ゴミ箱も無い、

防災放送も聴こえない、そんな

海浜公園を利用する市民のために、

我々はトイレを貸し出したり、

深夜の非行を抑止したり(店の電気を

24時間点灯)またゴミの不法投棄、

公園ゴミ清掃、災害の際市民をどの

ように高台へ避難させるのか?

など市に代わり市民の財産や命を

守るために独自で行ってきた

自負もあります。

 

そもそもことの始まりは市が実施した

「耐震検査で不適合だから出ていけ」

と言うことでしたが、今では

その話から大きく変わり、「独占的

に毎年更新している。。。あまりいい

状況じゃない」から退去を迫る!

何故こんな反社会的な方法で

退去を迫るのですか?

行政の長がすることなのでしょうか? 


ちなみに、行政文書一部公開請求

して鎌倉市が行った耐震検査結果を

開示させたところ鎌倉市の耐震検査

結果は「倒壊の恐れは無い」でした。

そうなんです!我々が行った耐震

検査結果も、鎌倉市側の検査結果

も耐震不適合ではなかったのです。

さらに、とても不可解な

ことが起こりました。耐震検査の

結果を受けた同じタイミングで

Venus Cafeに鎌倉税務署の

調査も入りました。

もちろん、Venus Cafeは経理的に

やましい事は何ひとつも

有りませんし調査には全面的に

協力させていただいております。

この調査は鎌倉市の支持ですか?


鎌倉市は行政法の「平等原則」

を破り特定の企業に便宜を

図っています。証拠もあります。

ただ、今は争うつもりはありません。

 

つい先日も、2031年着工、2031年

前後に完成を目指す漁港整備工事

が始まる記事を見つけました。

これまで鎌倉市は再三にわたり

「坂ノ下地区の新規開発は無い!」

とか「市としては、津波の心配が

あるこの海浜地区には市の予算を

投じる事業は行わない」と強く

我々には言い続けてきました。

我々は鎌倉市が発展していくのは

とても

良いことと思っていますしこの坂ノ下

地区が整備され、多くの市民や観光客

で賑わいを見せることはとても

素晴らしいことだと思っています。

もちろん我々もそのための尽力は

惜しみません。しかし我々には

開発の話も無い。今までずっと

そうだったように無視です。

鎌倉市の開発の進め方は異常です。

一番驚かされたことは、

漁港計画の答申書の内容です。

漁港整備の計画図が掲載されていた

のですが、鎌倉海浜公園内に

建っているはずのホテルと特養が

いつの間にか公園外の施設に

なっていたのです。

松尾市長?これこそが鎌倉で横行する

不正では無いでしょうか?

市民が何も知らないことを良いことに

市が所有する土地をいとも簡単に人へ

渡してしまう。どうしてそんなことが

出来てしまうのでしょうか?

鎌倉独自のルールですか?

 

2010年頃、私は毎年朽ちてゆく

鎌倉市民プールを見て考えたんです。

どうにかしてこのボロボロのプール

施設や整備されていない公園エリア

など、蘇らせないかと。この荒れ

果てた坂ノ下地区を整備して市民や

観光客の憩いの場に出来ないかと。

「坂ノ下道の駅開発(仮)」なる

企画書を作り、鎌倉商工会や観光協会

へ提案したこともあります。

鎌倉に暮らし、鎌倉のために何か

恩返しが出来ないかと。。。今

でもその時の企画書は大切に温めて

います。

いつかお役に立てる日が来る!と固く

信じているからです。

 

とにかくもう子供じみた嫌がらせは

やめませんか?Venus Cafeには

私をはじめとして鎌倉市民も働いて

いるんです。なぜ小細工ばかり

仕掛けてきて、話し合うことを

しないのですか?なぜ我々と一緒に

鎌倉観光を盛り上げようとされない

のですか?

 

最後に

1968年、まだまだ湘南で洋食が

珍しかった頃、鎌倉で人気を博した

「レストランMAIN」を開業した

父勇治。美味しい料理でお客さんを

喜ばせ、笑顔を見るのが大好き!

サービス精神旺盛な人でした。

ハンバーグステーキや

欧風黒いカレーライス、

湘南で始めたのは「レストランMAIN」

だったと言っても過言ではないでしょう。

坂ノ下のレストハウスを手に

入れたのも「楽しい場所を提供

したい!」そんなサービス精神

からだったはずです。

道半ばにして病に倒れた父が

残してくれたこの店を息子として

守る権利はあると思いますが。

 

松尾市長?追い出す相手、

間違えていませんか?

 

                      

                                    Venus Cafe 店主 

                吉澤治郎