大学で「地域デザイン入門」という授業を受けた。その中で出てきた「サードプレイス」という概念が、個人的にとてもしっくりきて思索が広がった。
「サードプレイス」とは、家(1st place )や職場・学校(2nd place )とは離れた第3の場所のこと。特に、都市で生活を送る人達にとって"居心地の良い"場所を指すそうだ。特徴としては、会話が中心であることやアクセスしやすいこと、あらゆる人が集っていて上下関係が無いことなとが挙げられる。この「サードプレイス」があると人生が豊かになるよ的なことが紹介された。
これがどうして自分にしっくりきたかと言うと、「自分もかつてはサードプレイスと言える居場所を持っていたな」と強く思ったからだ。
それは自分が中学時代、放課後毎日のように通っていた塾の自習室である。そこには違う中学校に通う友達や大学生の講師の先生など、それぞれ異なるコミュニティに所属する人達が集っていた。勉強しながら分からない箇所を聞いたり問題を出し合ったり、休憩時間には雑談したりと、会話を中心とするコミュニケーションがあった。彼らと一緒に勉強する時間、切磋琢磨する時間はとても楽しかった。講師の先生も頼もしくて信頼できる人達だった。まさにあの場所は、家でも学校でもない、"居心地の良い"場所であったと思う。
思い出補正かもしれないが、当時はそこに自分の居場所があり、そこにいれば家や学校とは違う繋がりがあった。仲間がいるという意識があった。
他にも小学校時代に通っていた学童や、高校時代に特定の先生の準備室に皆で集まったりしていたのも、サードプレイスと言えると思う。
しかし現在、大学生になり一人暮らしをしている自分にはサードプレイスは無いと気づいた。サークルやゼミにも所属していない。バイト先で関わりのある人達はいるが、労働の大変さがあるため完全に居心地の良い場所とは言いづらい。物心ついてからずっとあった第3の居場所は、いつの間にか自分の人生から無くなっていた。そのことに気づいて、少し悲しくなった。日頃なんとなく「中高の時の方が今より楽しかったな」と感じているのは、現在の自分がサードプレイスを持っていないことが原因なのかもしれない。
とは言えいきなり作ろうとしてできるものではない。新しい集団に飛び込んでみたらできないことはないのかもしれないが、「居場所が欲しい!」と動き出すのはなんだか寂しく情けなく思うし、その労力も時間も勇気もない。
気づけば自然に仲良くなった友達、偶然に形成されていった空間。あの居心地の良さ、親しみやすさが恋しい。楽しかったし、あの場所の人達がいたから勉強や受験を頑張れた。自分の青春だった。
今後の人生で、そんな第三の居場所を再び見つけられることを願って、午後の授業に向かう。