「脳が不自由」というのは、

周囲から見てその不自由が分かりにくい。

 

 

当たり前が当たり前でない

普通が普通でないこともある、

ということへの理解は、

昔より随分進んできているのでは?

と思います。

でもやはり、

「どこも悪いところがないのに、どうしてそんなに出来ないの?」

という思いを持たれることも多いし、

それについて「どうしたらよいか?」ではなく、

「仕方ないよね!」という一言で

一線を引かれてしまっているのでは?とも思うのです。

『出来ないことにフォーカスし過ぎず、出来る部分を伸ばす』

という中の

『フォーカスし過ぎない』についてを

どう捉えるか?のさじ加減

ということなのでしょうけどね。

 

 

この本は筆者自身が高次機能障害を抱えたことで、

発達障害のお妻様の状況を理解するようになり、

「出来ないこと」を「どうしたいいのか?」を考察し

スモールステップで2人の暮らしを構築していくという18年間のお話。

18年ですよ!

半年や1年でどうこうなる話ではないのです。

 

 

冒頭部分に、

「発達障害者はきらめく才能を持つ」的な前向きな言説も

世の中には嫌というほど出回っていますが、

(中略)

その才能が開花しない当事者にとっては

残酷で無責任な言説にも感じる。

 

 

エジソンだね!

アインシュタインだね!

といわれる人はほんの一握り。

開花できなければ、

「こういう人だから仕方がない」

という線引き。

 

 

「出来る」という部分が

如何に秀でて天才的な要素があるか?

で、この線引きは大きくなる。

お妻様のように細かな作業をやり続ける過集中には

「変わり者」でも、

ひらめきから没頭する過集中には

「天才気質」となる、みたいにね。

過集中という事実は同じでも、

その内容によって見方は紙一重。

 

 

発達凸凹のお子さんの凸凹加減が大きいのと同様に、

周囲の大人たちは、

アインシュタインへの期待と

そうでないことへの失望の振り幅も大きい。

当事者の凸凹は平らにならなくても、

周囲のそのイメージに対する振り幅を小さくすることは出来るのでは?

そうなれば、当事者やその家族もはっとラクになるのでは?

と感じるのでした。

 

 

このさじ加減や振り幅。

Manavivaこしがやでも考えていきます。

 

 

 

 

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