五十段目 《目を覚ましおもう事》 | 《階段の途中》 マジすか小説&AKB小説

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マジすか学園の小説です。
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板野はぼんやりとした意識の中、遠くに救急車のサイレンを聞いた気がした。
目を開け、ゆっくりと上体を起こす。病室のベッドに寝ていたのだと気付く。
「あ?なんで病室なんか――」
靄が掛かったように不鮮明だった意識が覚醒した瞬間、板野はベッドを飛び降りた。
理久の事。久美の事。男達の事。
それらが一瞬で脳裏を駆ける。
裸足のまま走り出した板野が病室の扉に手を掛けた時、冷たく抑揚の無い声が板野の動きを止めた。
「待て」
その声は、カーテンに囲まれた柏木由紀のベッドからだった。声はカーテンの奥から続ける。
「礼治からの伝言だ。向こうの心配はするな。大人しくしていろ」
「んなの聞いてられっかよッ!私は久美達の所に――」
「考えろ。誰が一番辛いのか」
「・・・それも、礼治からの伝言か?」
「そうだ」
板野は唇を強く噛み、ドアノブに掛けた自分の手を睨み付けた。見覚えの無い絆創膏が、酷く惨めな気持ちにさせる。板野はゆっくりとその手を離した。
自分のベッドに戻り、乱暴に体を投げる。ベッドからぎしりと泣き声が聞こえた。
しばらく天井を見上げていた板野は、やがてぽつりと呟いた。
「なぁ、柏木。強いってのはどんな気分だ?」
答えは返って来ない。
それでも板野は何かを紛らわすように続けた。
「最高に気分がいいんだろうな。気に入らねぇ奴はぶっ飛ばして、逆らう奴は叩き潰せる・・・」
板野はそこで一度言葉を切った。体を起こし、カーテンの向こうにいるであろう柏木を見詰める。
「けどよ、最近思うんだ。どんなに強くても、そこに“想い”が無けりゃ虚しいだけなんじゃねぇかって」
微かに柏木のベッドから衣擦れの音がした。
「マジ女に来て色んな奴と喧嘩した。お前が最初で、次が篠田。部長ともやったか。そんで、今日の男達。でもさ、まだ“想い”の込もった拳ってのは見たことねぇんだ。まぁ、部長の場合は私の力を測ろうとしただけだからかもしれねぇけどな」
ぽりぽりと頬を掻く板野。
「なぁ、柏木。お前は見たことあるか?“想い”の込もった拳を」
数秒の沈黙。答えるわけねぇか、と板野が自嘲気味に笑った時、思いがけず柏木が言葉を返した。
「私はある」
「・・・どうだった」
「別に。何も思わなかったよ」
「はっ、そうかよ。で、ちなみに誰だよ」
しかしこの問いに対しての答えは返ってこなかった。
板野は苦笑いと共にため息を吐き、ベッドに仰向けに寝転んだ。握り締めた拳を――傷だらけの拳を、高く突き上げ、その拳にいつも嵌めていた黒いグローブを想い、板野は言う。
「私は強くなりてぇ。私が守りたかったものはもう、無くなっちまったけど、いつか守りたいって思えるもんに出会った時それを絶対に失いたくねぇんだ・・・」
決意の言葉は、裸の拳に吸い込まれるように消えていった。


“想い”の込もった拳。
その言葉に、柏木は二人の女を思い出していた。
――私はその拳を受けたことがある。
一度目は大堀恵。あの人の拳にはラッパッパの誇りと、仲間を傷つけられた怒りが込められていた。
そしてもう一人は、板野。
仲間の為に戦っていたお前の拳には、確かに“想い”が込もっていた。
そこまで考えて柏木は目を閉じる。
――お前は強いよ、板野。
失うのが怖くて拳を振るえない私より、失わない為に拳を振るえるお前の方が、何倍も強い。
柏木の首に掛かるロザリオは、輝くことなく眠りについた。



聞き慣れた、しかし懐かしい声が聞こえて中西は目を覚ました。ゆっくりと広がる視界に、色とりどりの折り紙で作られた千羽鶴が映る。なぜか首に鈍い痛みが走った。
「あら、起きたみたいね」
大堀の声がして中西は顔を向けた。
ベッドの横のパイプ椅子に大堀が座っていた。その後ろには腕を組んで壁に寄り掛かる浦野。
二人は何か言いたげな表情で自分を見詰めていた。
だが中西は無言でベッドを降りた。スリッパを履き、ゆっくりと病室の扉に向かう。その腕を大堀が掴む。
「だめよ、中西」
無視して進もうとすると、腕を掴む力が強くなった。それでも中西は大堀の手を振り払った。
――奪わなければ。
理久達の幸せを奪った男達から、それ相応のモノを。
理久達の為に。
それだけを中西は考えていた。
それしか考えられなかった。
ドアノブを掴む。もう大堀も浦野も止めてこなかった。
中西も躊躇うことなく病室を出た。
しかし、廊下を歩き出した中西の腕を再び誰かが掴んだ。
中西はそれを振り払わなかった――振り払えなかった。
小さくて弱々しいその手は、二人で鶴を折る時に何度も見てきた理久の手だった。
自分を見上げる理久と視線がぶつかる。
「行かないでよ、里菜お姉ちゃん」
「理久・・・」
「黒い女の人と赤い女の人に聞いたよ。里菜お姉ちゃん、あの男の人達のことをこらしめてくれたんでしょ?」
振り返った中西に、理久は笑顔を見せる。
「でも、もういいよ。ほら、僕元気だもん!お姉ちゃんも、お母さんも大丈夫!」
だから――と理久は笑う。
痛々しい程、無理矢理に。
「里菜お姉ちゃんはこれ以上傷付かないで。僕達は、大丈夫だから」
「嘘つかなくていいよ。それに私は、傷付いてなんかないから」
そう言って中西は理久の手を払った。しかしまたすぐに理久が中西の腕を掴む。
「嘘ついてるのは里菜お姉ちゃんじゃん!手だっていっぱい絆創膏貼ってあるし、それに・・・」
そこまで言って理久は視線を床に落とした。中西の腕を掴む手が震える。
「人を傷付けて心が痛くないわけないもん・・・」
その言葉に、中西は心臓を掴まれたような錯覚を覚えた。何かが内から零れそうになる。その何かを押さえ、中西は告げる。
「痛くないよ。私は、そういう人間だから」
「嘘、つかないで」
「嘘じゃないよ」
「嘘だよ!僕は知ってるもん。里菜お姉ちゃんは、いつも優しかったじゃん!」
「理久が知らないだけ。本当の私は、人を傷付けて喜ぶような最低な人間だよ」
中西は精一杯の冷たい声で理久を突き放した。
理久の手が離れる。
中西は安堵しながら、しかし同時に底知れぬ悲しさに襲われた。そんな悲しみから逃げるように理久に背を向け、歩き出す。
「じゃあ里菜お姉ちゃんは今から何をしに行くの?僕達の為に怒って、僕達の為に男の人達をこらしめに行くんでしょ?」
中西は足を止めない。後ろから歩幅の小さな足音がして、服の裾を弱く引かれた。中西の足が止まる。
「それは、里菜お姉ちゃんの優しさじゃないの?」
「違う・・・」
「違わないよ。里菜お姉ちゃんはとっても優しいよ。だからこれ以上僕達のために傷付いちゃだめ」
「なんで・・・」
ぽつりと唇から零れ落ちた言葉を皮切りに、必死に押し留めていた何かが溢れ出す。
「なんで私の心配なんかしてるのッ。おかしいよ!理久の方が辛いはずじゃん!私に構ってられるほどの余裕なんかないはずじゃん!なんで!」
理久は中西の剣幕に驚いて表情を僅かに硬直させた。
そしてその直後、静かに笑った。
「好きだからだよ。里菜お姉ちゃんが好きだから、里菜お姉ちゃんが傷付くのが嫌だから、里菜お姉ちゃんが苦しいと僕も苦しいから、だから行かないでほしいんだ」
今この場で誰よりも苦しんでいるはずの存在は、自身の不幸を嘆くでもなく、ただ、大切な人が傷付くのを防ごうとしていた。
それが、中西は許せなかった。
「理久・・・」
強く理久を抱き寄せる。
理久の小さな体はほとんど抵抗も無く中西の腕に収まった。
「く、苦しいよ」
「ガキが生意気なこと言わないの!いいんだよ、黙って泣けば!私の心配なんかしないで、自分勝手に泣きなよ・・・」
次第に中西の口調は弱くなり、最後の方は掠れて消えてしまいそうだった。
「・・・里菜お姉ちゃん?」
抱き締められた腕の中で中西を見上げた理久は、クスクスと笑った。小さなその手を中西の背中に回す。
「いい子いい子」
「馬鹿・・・」


中西と理久の様子を扉の隙間から覗いていた大堀が浦野に声を掛けた。
「何歳差かしらね」
「え?」
「やっぱり友人代表のスピーチは私かしら」
「ねぇ大堀、さっきから何言ってるの?」
「私もいつかいい人に出会って・・・」
「ちょっと、大丈夫?中西とやった時に頭部に深刻なダメージを受けておかしくなっちゃたとか?病院行く?あ、病院か・・・」
「でも理久君が結婚できる年齢になるまであと何年かしら・・・」
「け、結婚?まさかあの二人が結婚すると思ってるの?いやいや、どうみてもお姉ちゃんを慕う弟みたい――」
「はぁ~いいわぁ~」
なにやら妄想している大堀を見て、浦野はただ呆れるしかなかった。