復職に向けて、会社の面接を受けてきました。

 

来週7月22日以降で、会社の準備が整い次第、フルタイムで仕事を始めてみます。

2年半休職していたボケボケの頭で、体力も十分ではないですが、

あせらず頑張ってみます。

 

主治医の先生に書いてもらった復職診断書を読んでいると、

告知されてから2年半の出来事を次々と思い出しました。

 

【復職診断書要約

・ 2016年9月頃より食後の嘔吐あり

・ 2017年3月フィリピンの病院で膵体部がんを指摘される

・ 3月16日 初診。 膵体部がん、横行結腸浸潤あり

・ 4月  4日 横行結腸の閉塞により、人工肛門増設

※ すい臓がんの方はあまり経験されていませんが、がんの浸潤で大腸が完全に閉塞したので人工肛門になりました。おなかからピンポン玉くらいの腸が出ていて、パクパク口をあけています。そこからうんちがどぼどぼ出てくるのを袋で受け止めます。私は「ストマ君」と名付けて可愛がっていましたが、漏れたり、膨れて爆発しそうになったり、管理はとても大変です。

 

・ 4月24日 切除術を試みるも腹膜細胞診陽性にて切除不可。胃空腸吻合術施行。

※ 切除出来なくて、がっかりして退院するときの写真です。すい臓がんが十二指腸にも浸潤して、まったく食べれていませんでしたが、腸を直接胃につなげる手術をしてからは食事が出来るようになりました。そんなに長くは生きれないと思っていたので、食べれるようになった事は最高にうれしかったです 。食べれないって、本当に辛いですよね。

 

・ その後化学療法を施行

※ 写真は人生の恩人の一人の方と食事をした時の物です。この頃は、終活リストを作って、一つ一つこなしていました。その中でも、人生の恩人へのあいさつはとても重要視していました。「人」は私の一番の宝物です。

 

・ 2017年10月6日 横行結腸吻合、膵体尾部切除を施行

※ 切除術直後の写真です。おなかから5本もチューブが出ていて、トイレも一苦労。手で持っているのは背中に入っている硬膜外麻酔のボタンです。麻薬系の痛み止めなので良く効きましたが、切れた時はものすごく痛かったです。いくら痛くても切除出来たことの喜びがこの時は強かったです。再発の可能性は高いけど、一年くらいは寿命が延びたかなと思っていました。

※ 術後一カ月経過したときの写真です。十二指腸や胃に接触していたがんをかきとった為、十二指腸がはれあがって食べた物が通らなくなっていました。消化液もすべて吐いてしまうので、鼻からドレンチューブを入れて、絶食絶飲で一カ月以上過ごしました。食べれるようになったら何を食べるかだけを毎日考えて過ごしていました。鼻の穴が泣きそうになるくらい痛かったです。

 

・ 2018~19年 術後も外来にて補助抗がん剤治療を実施した。

※ 術後はアブジェムを打つたびに高熱に見舞われていました。下痢は治ることはなく、トイレから離れられない生活が続き、食べても食べても体力が戻らなかったり、TS-1に変ってからは強い倦怠感に襲われたりと、抗がん剤にはさんざんやられましたが、今のところ再発が無いという事は抗がん剤が頑張ってくれたのだと思います。

休職中は、心と身体にストレスを与えない事だけを考えていました。寝たいだけ寝て、妻と二人で長野や新潟、九州をキャンピングカーで旅しながらスキー、山登り、岩登り、そして毎日、治湯に励みました。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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がんになったごとが私の人生を代表する出来事ではありません(小林麻央)

→ 私にとってはまだまだ「がんになったことは私の人生を代表する出来事」です。

  それまでの色々な人生設計がボロボロに崩れ去りました。

  まだ運よく生きて延びているから良いですが、そうでない人もたくさん見てきました。

  こんなプラス思考?にはまだまだなれそうもありませんが、

  好きな言葉です。