通信制の放送大学と言えば、学ぶ人の大半は向学心旺盛なシニア層という印象ではないだろうか。実際、年齢層は50代以上が全体の4割超で、現役世代も含めて実に幅広い年代が学ぶ。近年は10、20代の若者の入学も増えている―という記事を5月、くらし面で掲載した。

経営者らの前で講演する佐藤直樹さん=8月29日、札幌市中央区の札幌パークホテル

 来春の卒業を目指す4年生佐藤直樹さん(22)=釧路市出身=を紹介した。親の仕送りがなく、商社に代わり化粧品やおもちゃの販路を広げる営業代行や、塾講師などの仕事を掛け持ちしながら学ぶ。放送大の4年間の学費は約80万円で、国公立大学の3分の1。志望する理由の中に経済的な事情から選ぶ人も少なくない。そんな佐藤さんに、強い関心を示す読者から連絡があった。
 デザイン・広告、福祉事業を展開している新興企業、ポロワッカ(札幌)社長の新宮賢治さん(52)。札幌北高から東大法学部へ進み、大手商社の住友商事などの勤務を経て、2013年に現在の会社を立ち上げた。新宮さんは「私はお金に何の不自由なく生活し、進学させてもらった。学生時代は仕送り額をもっと増やしてほしいとさえ思っていたほど。でも、佐藤さんは自分にないものを持っている。そう思いました」と話す。

佐藤さんを後ろから見守る新宮賢治さん(左奥)

 その後2人が出会う機会があり、新宮さんは佐藤さんを食事に誘った。新宮さんは「実にたくましい。私が付き合っていた人とは明らかに違っていました。苦労を重ねただけに、宝が埋まっている気がした」と感想を漏らした。次第に「彼の力になりたいと思うようになった」と言う。
 新宮さんは、地域の企業経営者らが集まり、奉仕活動に取り組む「札幌東ロータリークラブ」に所属している。「多くの会員に佐藤さんのような学生の存在を知ってほしい」と、例会で講演してもらうことを思い付いた。
 8月下旬の例会当日、私は札幌パークホテルの会場に向かった。佐藤さんは約50人の経営者を前に日々の実態を語った。朝4時から深夜2時まで及んだ仕事のこと。飛び込みの営業先で、灰皿が飛んできたこと。滋賀県で働く父親が倒れ、にっちもさっちも行かなくなったこと。
 4年生だけに就職活動でも苦労があった。「資格の取得もままならなかったので、履歴書には何も書けません、真っ白です。でも、そんな学生は私の周りにもいます」と話し、同じような境遇の学生にもチャンスを与えてほしいと訴えた。頑張る姿を採用担当者に伝えることもできないまま、もがく学生がいるかと思うといたたまれなくなった。
 講演会の終了後、佐藤さんの元に駆け付け、声を掛ける経営者が何人かいた。建設コンサルタント、北海航測(札幌)の矢橋潤一郎社長(56)は「卑下する必要は全くありませんよ。どの業界も若い人材をほしがっています。今はネットで企業の情報を大半がつかめる時代。フルに活用し納得できる企業を見つけてほしい」とエールを送った。
 佐藤さんは今も営業代行の仕事を続ける一方、卒業後の進路を決めかねている。企業に就職するのではなく、子ども時分から親しんだおもちゃの修理会社を立ち上げたいとの希望も捨てきれない。
 そんな思いもあるだけに、新宮さんは「将来、イベントなどの催し物会場に子どもが楽しめるようなおもちゃを用意する。そんな仕事があれば、佐藤さんに仕事をお願いするとか、私なりに応援できる方法は何か考えています」。
 2人の交流は長く続きそうだ。

2024年9月22日 4:00北海道新聞どうしん電子版より転載