「障がいのある人への対応で困ったことはありますか」。車いす利用者で建築士の牧野准子さん(65)=札幌市西区=が画面越しに問い掛けると、「ある」という回答が次々と集まった。「街で見掛けても、なかなか声を掛ける勇気が出ないですよね。障がいのことを知るだけでできる配慮があります。社会環境の側にあるバリアーをなくしていきましょう」

 バリアフリーの調査や提言に取り組む「ユニバーサルデザイン有限会社環工房」代表取締役の牧野さんが講師を務め、昨年10月に行われた札幌市の「心のバリアフリー研修」。企業向けのオンラインと対面の計4回には197人が参加した。

「心のバリアフリー研修」で紹介した、車いす利用者が困ること。《1》ビュッフェ形式の料理に手が届かない《2》じゅうたんが軟らかくて移動が大変《3》段差が大きい《4》テーブルの脚が邪魔《5》カゴに手が届かない《6》傾斜がきつい《7》待合室に居場所がない(環工房提供、写真の一部を加工しています)

 

 主題の一つは障害者差別解消法だ。2016年施行の同法では、障害者の不便さを可能な範囲で取り除く「合理的配慮」を国や自治体に義務付けた。民間事業者には努力を求めるだけだったが、今年4月施行の改正法で義務化する。ただ、周知が進んでいるとは言えず、同法の言う「過重な負担にならない範囲」がどこまでか、どういう配慮をすべきなのか戸惑う事業者は多い。

 研修で牧野さんは、建物や街中のバリアフリー化が進んでいるが、すべての人にとって完璧にすることはできないと指摘。「手伝ってほしいこと、してほしくないことは、障がいの種類や人によってさまざま。設備などハード面の溝を埋められるのが『心のバリアフリー』です」と訴えた。

 配慮を受けられなかった体験として、飲食店で入り口の段差を越える手伝いを頼んだ時のことを紹介。「前の客にはすぐ案内できると言っていたのに、私には『90分待ち』だと。遠回しに断られたと気付きました」。この場合の合理的配慮は、入店できるか店側が客と一緒に考えることだと説明した。「大変なことを頼まれたと思ったのでしょうが、車いすの介助法を知っていれば簡単なこと」。障害について知らないことがバリアーになると話した。

 障害の種類別の対応方法も紹介した。聴覚障害者との筆談は文字が手で隠れないよう横書きで。知的障害者と話す時はゆっくり簡単な言葉で短く、「はい」「いいえ」で答えられる質問を。ただし敬語を心掛けて。視覚障害者に物の位置を伝える時は正面奥を12時、手前を6時として時計に見立て、「3時の方向」などと表現する。まずは「手伝いましょうか」と声を掛けて。断られてもへこむ必要はなく、「大丈夫なんだな」と安心してほしい―と呼び掛けた。

 研修参加者からは「義務化を知らなかった」「飲食店で車いすのまま入りたい人も、店のいすに座り変えたい人もいて、必要な配慮は人それぞれだと知った」という声が寄せられた。

 牧野さんが車いすを使うようになったのは、40代で進行性の脊髄の難病を発症し、1年ほどたったころだった。インテリアコーディネーターとして精力的に活動していただけに人生が180度変わり、気落ちしてどこにも出掛けられなくなった。けれど、「私だからできることもある」と考えられるようになり、バリアフリーの周知活動を始めた。これまでに講演は900回を数え、車いす目線での観光ガイドブックの作成や、建物のバリアフリーチェックを行ってきた。合理的配慮の義務化に伴う企業向け講演会も道内各地で行った。

 国内では高齢化などにより障害者数が増えており、「厚生労働白書」によると18年は936・6万人で、06年の1・4倍になった。牧野さんは「新しい商業ビルがバリアーだらけで悲しくなることがある。企業や行政のトップが心のバリアフリーを進めてくれれば、世の中は大きく変わるはず」と願っている。(山田芳祥子)

2024年1月10日 05:00北海道新聞どうしん電子版より転載