本当に見ているのは何か? カードの視線 | タロットの煌めき マルセイユタロット活用術

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伝統的なマルセイユタロットを使っての、自分と人のために活かせる知識と方法をお伝えしています。

前回のコメント企画では、マルセイユタロットに描かれている人物の視線を、向かって右方向のものを取り上げ、あえてポジティブに変化していく未来を見る(想像する)ことで、自分に希望をもたらすという手法を取りました。

 

私はもともと、いわゆるカモワンタロット、カモワン流からマルセイユタロットに入っていますので、そのカモワン流のリーディングメソッドとして、視線の法則というものがあり、これがカード人物の視線先を追っていくという手法につながっています。

 

また、このカモワンタロットの共同制作者で、世界的にはこちらの方のほうが有名な、アレハンドロ・ホドロフスキー氏が読むタロットも、カモワン氏ほどではありませんが、カード人物の視線に注目することがあります。

 

特に、お二人が作ったホドロフスキー・カモワン版マルセイユタロット(日本ではカモワンタロットと呼ばれることが多い)は、人物の視線をはっきりさせている特徴が、他のマルセイユタロットよりも強いので、この視線に注目する読み方は合うものとなっています。

 

逆に、カード人物の視線があやふやなもの、どこに向けて視線を注いでいるのか、いまひとつはきりしないものは、視線を使った読み方はそぐわないかもしれません。

 

ちなみに、ホドロフスキー・カモワン版のマルセイユタロットでは、視線の角度などにも意味があり(基本、タイプ2と呼ばれる精巧なマルセイユタロットのカード人物の視線は、方向性も、角度も意味を持って描かれていることが、幾何学的にも言われています)、細かいリーディングスタイルを取って行くと、視線の先のどの部分まで視線が注がれているのかの、ピンポイントまで見ていくこともあります。

 

リーディングの難しい話はさておき、今日言いたいのは、タロットカードになぞらえていますが、人は(本当は)何を見ているのか?が、実は結構大事だということです。

 

しかも、それ(何を見ているのか)について、自分自身は気づいていないことがよくあるのです。

 

ここで言う「見る」「見ている」というのは、何も実際の目・視覚の視認のことだけを言っているのではありません。

 

いわゆる心の目のような、自分が思っている方向性というのも表します。

 

私も経験したことがありますが、強い心配事とか関心事があった時、今さっき何をしていたのか、これをやったのかどうかわからなくなるなど、記憶が抜けるようなことがありました。

 

まさに、心、ここにあらずの状態です。

 

これは、身体的には、目で作業とか生活で行うことを追っている(見ている)はずなのですが、心の目、つまり自分が強く思っていること、とらわれている事のほうを見ている状態で、目は見ているようで見ていないわけです。

 

例えば、誰かのことを強く思っていると、ほかの人がいても目に入らなかったり、気づかなかったりすることもありますよね。

 

人の視覚というのは、このようにあやふやと言いますか、心に支配されてしまうことがあるわけです。

 

ですから、自分は本当は何を見ているのか?を知る意味は大きいのです。

 

そして、それが現実・現在とは離れてしまっている場合、それは今ここに生きていないことになります。

 

これはネガティブなことだけではなく、とても興奮、高揚するようなことを思っていても、それが囚われのようになっていると、そこに意識が向けられ過ぎているので、どこを見ているかと言えば、囚われているそこであり、今・ここではないわけです。

 

ある程度のことなら、そんなことは誰でもあることで、気にする必要はないかもしれません。

 

ただ、自分が何を本当は見ているのかを知らず、時系列的には過去や未来、そして現在であっても、場所や人としては、ある特定のポイントに心と意識がずっと向いているとしたら、それは大きな自分の分離状態を起こしていることになります。

 

分離は移動や落差からのエネルギー、モチベーションとして機能することもありますが、それが長く続くと、葛藤や対立、不自然さ、停滞のような形となって現れ、現実に問題(偏りの表出)として出ます。

 

内的に分離しているのですから、外側にも争い、対立、不協和、手段と目的の不一致など現れやすくなりますし、自分のほうにも、心や精神の不安定、肉体や健康の問題が起きる、経済的滞り、不足に悩むなどのことが起きるおそれがあります。

 

マルセイユタロットは、自分の内的な状態を、象徴図・絵として見せてくれるものなので、自分を表すカードに視線がある場合、その視線先のカードを見る(引く)ことによって、自分が何を見ているのか(本当の関心、囚われ、心の方向性を含む)、面白いことに視覚的に(自分の目で)確認することができます。
 

ところでマルセイユタロットには、第三の目を持つ存在がいくつか描かれています。

 

この第三の目は、スピリチュアル的な意味とか、覚醒の目とかで言われることもありますが、今回の記事にあてはめるのなら、自分が本当に見ているもの、方向性を知る目と言ってもいいでしょう。

 

先述したように、私たちは肉体的に健康で、右目・左目の両目がきちんと機能していても、心の状態により、盲目に近くなったり、色メガネをかけたような状態だったり、極端に視野が狭くなったりするわけです。

 

そういった肉体の目ではなく、第三の目として(スピリチュアル的な意味ではなく)、心の方向性、囚われ、強く関心を持って思っていること(=心の目の視線方向)を、タロットで確認してみましょうという話なのです。

 

マルセイユタロットには、右や左の視線方向だけではなく、「吊るし」のような逆さまに見ている視線もあり、カードの視線・目に着目すると、興味深いことがわかってくるのです。